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きのう、怖かったこと

 きのう、久しぶりに怖い目にあった。

 地下鉄の改札で別れたので、ひとりきりで帰路についた。私の前にはひとりの少女が歩いていた。
 紫色のロングコートにポニーテール。淡い紫のタイツにビーズの刺しゅう入りの黒いバレエシューズ。ずいぶんと大人っぽい恰好をしている小学生だなっと思った。そう思ったのは140センチくらいの華奢な体とポニーテールを結うゴムにラメ入りの透明なプラスチックの飾りがついていたから。

 変だなと思ったのは、自分と同じ方向を行く彼女の動きが子どもらしくないと気づいた時だ。どことなくぎこちない動きながらも、小学生のそれとは違い重い感じがした。ちらりと見えた横顔にしわのようなもの。
 私の中で疑念がどんどん膨らんでいく。

 彼女に続いてエスカレーターで地上に出る。出る直前、すごく冷たい空気に押され、寒っといって思わずダウンジャケットの襟を立てた。

 外に出ると、そんなに寒いことはなかった。むしろ冬にしては穏やかな宵で、私の心は一瞬で緩んだ。

 私鉄の踏切が閉まっていたので彼女のうしろで開くのを待つ。キキララの少しくたびれているがかわいらしい紙袋。やっぱり、老けて見える小学生なのかな。
 急に何が入っているのか気になった。

 覗き込む隙があったのだ。

 中には大きな紙コップと四角い包み。そして、紙コップの中にはどすっとした茶色い液体が固まったようなものが、底に、周囲に、こびりついていた。
 私には糞に見えた。

 いや、人糞だった。

 ああ、やばい。

 きっと私は青ざめていたのだろう。
 踏切を越えて自宅に向かう道はあまり人が来ないほうなので、彼女が大通りに行ってくれることを願ったが、彼女は私と同じ方向に曲がった。仕方がないので私は彼女の横を急ぎ足で通り過ぎる。
 彼女は贔屓目に見ても20代後半だった。

 何も考えずに家に向かってひたすら早足で歩く。
 途中、狭い道を双子用のベビーカーを押してゆっくり歩く親子が前を歩いていた。
 なんということ。ここで止まれない。
 私はこの幸せな家族を追い抜いて一目散に逃げ帰らなければ・・・。

 親切そうな父親が「邪魔だよ〜。」といって避けてくれた。

 帰る。帰る。

 あっという間に玄関のオートロック。ひとつ、ふたつ。
 エレベーター。
 部屋のロック。

 部屋に入ってやっと一息つく。


 別に彼女が私に危害を与えるはずがない。
 でも、私は知っているのだ。
 大人であって大人でない体の人たち。
 糞を持ち歩く人たち。

 昼間差別のない国に住む私の夜の恐怖。

 私は私の想像に恐怖したのかもしれない。
 でも、久しぶりに怖い目にあった。