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アーレント『人間の条件』と『活動的生』について

Das Wort „öffentlich“ bezeichnet zwei eng miteinander verbundene, aber doch keineswegs identische Phänomene:

Es bedeutet erstens, daß alles, was vor der Allgemeinheit erscheint, für jedermann sichtbar und hörbar ist, wodurch ihm die größtmögliche Öffentlichkeit zukommt. Daß etwas erscheint und von anderen genau wie von uns selbst als solches wahrgennommen werden kann, bedeutet innerhalb der Menschwelt, daß ihm Wirklichkeit zukommt. 

 

Vita Activa 2章7節冒頭 ドイツ語原文

 

先日、レートー・タトさんのアーレント『活動的生』試訳②7節(改稿)

https://note.mu/leethoo/n/n57a0e4c2f9fa

の、実際翻訳を検討する作業を観させ(聞かせ)て頂くことができました。

 

 この7節冒頭の箇所の読み方の難しさと、アーレントの(哲学的歴史の中で)考えたことを思って翻訳する、あるいは現象学全体を見渡して翻訳する、もしくは、自分のアーレントに対する思考を整理し翻訳をするというような様々な場面を検討する作業中に遭遇することができて、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。

 

 一般的にこの部分がよく読まれているのは、ちくま学芸文庫の『人間の条件』によってなります。

 

「公的」という用語は、密接に関連してはいるが完全に同じではないある二つの現象を意味している。

第1にそれは、公に現れるものはすべて、万人によって見られ、聞かれ、可能な限り最も広く公示されるということを意味する。私たちにとっては、現われ(アピアランス)がリアリティを形成する。この現われというのは、他人によっても私たちによっても、見られ、聞かれるなにものかである。見られ、聞かれるものから生まれるリアリティにくらべると、内奥の生活の最も大きな力、たとえば、魂の情熱、精神の思想、感覚の喜びのようなものでさえ、それらが、いわば公的な現われに適合するように一つの形に転形され、非私人化(デプリヴァタイズ)され、非個人化(デインディヴィデュアライズ)されない限りは、不確かで、影のような類いの存在にすぎない。

 

『人間の条件』ハンナ・アレント著 志水速雄訳 ちくま学芸文庫p75(「第2章 公的領域と私的領域 7公的領域―共通なるもの」)

 

「公的」という語が表示するのは、密に互いに結びついているが、決して同一ではないという、二つの現象である。

「公的」とは、第一に、何であれ衆の前に現れる全てのもの[=現れ]が、誰にでも見て取れ、聞き取れるということである。そのことによって、できる限り最も広範囲な公示性が、その当のもの[=現れ]に属性としてあるのである。あるもの[=現れ]が現れ、そしてそのあるもの[=現れ]を我々自身と全く同様に他者によってもそのようなものとして知覚できるということ、それが人間世界の内部で意味するのは、現実性がそのあるもの[=現れ]に属性としてあるということである。聞かれ、見られることで構成される(sich konstitiert)そのようなその現実性と比べて、我々の内的生活の最も強力な力でさえ――心の激情であれ、精神の思想内容であれ、官能の快楽であれ――、定かでない影のような生活を営むのである。

 

レートー・タトさんのアーレント『活動的生』試訳②7節(改稿)

 『人間の条件』はアーレントが1958年にThe Human Conditionとして英語によって世に出したものです。その後ドイツ語版は1960年に『活動的生』(Vita Activa)として出版されましたが、その際英語版の翻訳本としてではなく、他者による訳を基にアーレントによって大幅に加筆・修正されました。志水訳は英語版の訳になるので、正確に言うとレートーさんの訳したものとは異なります。ただし、志水氏はアーレントとの対談等によってアーレントの言わんとすることを把握し、最大限翻訳に生かすことに努めていらっしゃるので、このことを考慮しても、英語版を軽んじたりこの訳を軽んじることはできないことが分かります。(そのことについては訳者解説に詳しくお書きになっています。)

 ただし、アーレントの母国語はドイツ語であり、彼女はドイツの文化を深く愛した人であること、そしてその言語によって表現できる言葉の広がりや意味が違うことを考慮に入れると、『活動的生』を読む意味はぐっと深まります。別に『活動的生』として森一郎訳が出ている意味も十分にあるのです。違う本だととらえた方が良いという考え方もあるようです。

 

※私は『人間の条件』しか読んでいないので、そちらについての解釈になってしまいます。そこのところは大変申し訳ありません。後程、また勉強できたら修正させていただくかもしれませんので、よろしくお願いいたします。

 

 

 『人間の条件』について一言で言うことはとても難しいし、先の話し合いであったのですが、私はこの本を形而上学的に読むことの意味について考えながら読んだことがなかったので(政治的・社会的な意味と関心を持って読んでいました)、翻訳の在り方とうよりももっと初歩的な、本の読み方の違いも思い知りました。

 人間の生き方の問題としてアーレントが解きたかったのは、政治的な人間であること(社会化)が人に及ぼす影響と、その影響から逃れる、というよりも自由でいられるためには、その前にあるべき段階を踏むことが重要であり、例えば〈私の存在意義=社会的な信用・価値〉というような考えに急速に及ぶようなあり方は、人をたやすく集団化して、私という私を殺してしまうというようなことであろうと私は捉えていたのですが、普遍的な意味合いでの人間の生としてそれを捉えるとなると、人間の生についてどう分類したらいいのかというところで既に手詰まりになってしまう気がしています。象徴的な意味合いを持たせるとなると、逆に『人間の条件』ではかなりアーレントが死んでしまうのではないかと思うのです。

 むしろ、彼女はもっと現実的な意味合いにおいて、実践的な生の有様を説いているのであって、それこそ彼女がそれまで受けた数々の経験がそうさせているのだろうと思います。

 

 現象学的な意味合いを持って読むのは、それは素敵だと思いました。

 

 本書の分析が示したのは〈「間文化経験という根本現象」を通り抜けることによって、《諸世界》という現象はどのように開かれるのか〉ということであった。《諸文化》は、その背景に遡ることのできない《世界性格》を露わにするときはじめて、現実的な《文化》としてのその自己理解を手に入れる。このことは、諸文化が《世界性格を伴って(welthaft)》行われる対話から生じてくるものとして理解されることによって、可能になる。このような意味において、《間文化性》は《間世界性(Intermundaneität)》へと移行することになる。間世界性は、間文化性よりも射程の広い、そして哲学的にはるかに精確な概念である。文化という概念はたしかに、人間存在の関わる文化的あるいは人類学的な事柄を明確に表すが、しかし《世界》の意味をつかむことはできない。根本現象としての《世界》は、単に文化の支配しているところで働いているのではなく、あらゆるところで働いている。だから、どの個人も―たとえ当人にはただ萌芽的に、あるいは予感という仕方で知られているだけだとしても―すでに一つの《世界》である。それでもやはり、《世界》にとって決定的に重要な根本動向の全範囲が、この文化的な事柄において、おそらくは最も印象深い仕方で、露出するかぎり、まさに《世界》というトポスは、とりわけ文化的な事柄を扱うのに向いている。

 

現代思想2010年5月号 特集‐現象学の最前線‐間文化性という視座 「間文化性と間世界性 要約と展望」ゲオルク・シュテンガー 神田大輔訳 

 

 今はマルクス・ガブリエルなどの形而上学的な展開を見せる現象学が注目されていますが(私見です。間違っていたらご指摘ください。)私はこちら側からの視座に立った現象学に面白味を持つ方なので、その点でいえばアーレントは実は先端を行っていたのかもしれないと思いました。間文化性では説明ができなかった間世界性の視点に立った私という存在について、アーレントを引用して説明することはとても意味のあることだと感じます。(先行研究、先行事例についての調査はしていません。すいません。)

 実際にこのシュテンガーの文章を読んでいただければ、その共通項について明確にご理解いただけることと思います。

 

 今後もレートーさんは『人間的生』についての翻訳は続けてくださると思うので、興味のある方はチェックしてみてください。注などもとても勉強になります。

 

 ここまでが長くなってしまったので、翻訳については、次回大学の1年生の授業で使用されることも多い(現在もかは不明w)丸山真男加藤周一の『翻訳と日本の近代』等を引用して、書かせて頂こうと思います。今だからこそ読む意味があるなぁと改めて思わされました。

 ガブリエルも岡本裕一郎先生のご本などを参考に絶賛勉強中です(はぁ~)。

 

 今後ともよろしくお願いいたします。