『静寂 ―ある殺人者の記録』感想文 死と円環する生について 【ネタバレ注意】

【はじめに】

 今回のブログ記事は、トーマス・ラープ著/酒寄進一訳『静寂 ―ある殺人者の記録』の読者モニターとしてゲラを読ませて頂き、東京創元社様に提出した原稿を一部変更したものを掲載させていただきます。

 多大なネタバレ要素を含みますので、これからお読みになろうとしている方はご注意ください。

 

【本文】

 人はいったい何を求めて生きているのか。

 カール・ハイデマンは生まれつき人並外れた聴力を持ってしまったために、生まれる以前から音に対する極度な過敏によるストレスに苛まれていた。生まれた日から寝ているとき以外泣き止もうとしない息子の異常な聴力に気づき、彼のために地下室を生活の場へと移すことに決めた父の配慮によって、彼は人の生きる場ではなく、一人ぼっちで過ごすことのできる地下の部屋の中から生きる人々の暮らしを思うこととなった。彼の聴覚をもってすれば村人の生活は音によって赤裸々にされ、それは彼が理解する限り、醜く排他的で歪んでいた。

 母親は彼のあまりに奇怪な行動を理解できずに、心を病んで入水した。その時に母親に連れられて一部始終を見届けることになり、さらに母親に対して言葉を発しなかったカールが、必死で掛けた最後の一言によって入水を助長してしまうことになった。

「行け」

 それは彼にとっては父親との懐かしい思い出の中の一言であった。喜んでもらえるはず、そうであったはずなのに、幼な子の彼に詳細を説明できるわけもなく、また、そのことを母が知るはずもなく、彼女はその言葉に従い湖の奥に進み死んでいった。

 母親が水から上げられ、彼が母親の死体に見たものは、それまでの苦痛に満ちた生から解放することのできる安らかな死の美しさであった。そうして、カールの心の中に死への崇拝が巣食うことになる。

 物語前半のカールの殺人は、生の苦渋の足枷から人々を開放するために執り行われる儀式であり、白い殺人だ。なるべく痛みを伴わない方法で安らかに死を与えることが人々の上に幸福を与えることだと信じて執行されていく。白くぶよぶよした肉体の醜いカールが美しい白い殺人鬼であること。この醜さと内面の純真無垢さとの対比が実に印象的で、その無邪気さからつい大量殺人鬼である彼に優しい感情移入をしてしまう。そしてこの物語の中では、殺人事件の担当刑事でありながら、その殺人者に魅せられ、大人として救いの手を差し伸べ、逆に救われることになるホルストシューベルト刑事もまた魅力的な存在として描かれている。カールが彼を信頼していることは後々大きな形で現れる。この二人の関係性は、この物語をただの殺人鬼の話で終わらせない大きなターニングポイントになっているように思う。

 物語中盤、カールは最愛の人マリー・ポクロフスキと出会い恋に落ちる。全盲で無垢で美しい心の持ち主のマリーは、出会ってすぐにカールと意気投合する。しかしながら、マリーを守りたい一心でカールが行った行動が招いた不幸により、カールは許しがたい理不尽な仕打ちを受けることになり、死への信頼を失い黒い殺人鬼になってしまう。世間で悪党と呼ばれる人々に恐怖の鉄槌を食らわせるためだけの殺人。反抗期の怒りをぶつけるかのように殺人を犯し、痩せ衰えていく心と体。ついには逃避行の旅に出ることになる。

 逃避行の末にたどり着いた場所。そこは異国の小さな修道院であった。神聖な神の場でカールは再び変身をする。悲しいことにもちろん殺人鬼として。神の使いの美しい白い死神。そこでもカールは人々を苦しみから解放するために殺人を繰り返す。そして命の恩人であり、カールを死神と知りながら最後には自らの死を彼に欲し、最愛の人の元に旅立つようアドバイスした修道士パオーロ・モローダもまた、物語の中での重要人物だ。彼なしでは最後のカールは望めなかっただろう。

 最愛の人の元にたどり着いたカールは、思いを遂げ、また思いをかみ殺して最後の決断をする。

 

 この物語の主人公カール・ハイデマンは、いったい何人の人を殺し、何匹の動物を殺したかわからないくらいの殺害を繰り返す。しかし、彼の行為を薄気味悪い精神異常者の行動として見ることはできない。なぜなら、作中で彼が望むものは他者の幸福であり、自らに人々に苦痛を与えるものとしてではなく喜びを与えるものとしての役目を課し、そのことを徹底して執り行うからである。だから私たちは彼を無慈悲な殺人者としてではなく、時に迷える若者として受け入れ、時に美しい聖人のようにも思い、彼の殺人を肯定さえしてしまいそうになるのである。しかし、それこそが著者トーマス・ラープのこの作品に仕掛けた大掛かりなトリックであり、倫理観と正しいことの隙間を上手にすり抜けて、「彼(のやり方)は嫌い?」と読み手を混乱させる手法なのである。その技に私たちは翻弄され続けることになる。

 一方で、彼は暴力を嫌いながら自らが行使している暴力についてあまりに無自覚である。彼自身が命の重みを生ではなく死に寄せ過ぎているために、彼にとって死は暴力以上の美を持って迎え入れられる。しかし、死をもたらされた人々にとって、彼らに与えられた死は無尽蔵な暴力の果てに送り付けられた結果でしかなく、その事実は変えることができない。

 後半の要になる修道院での生活は、彼に彼の意志によって殺人を止めさせることのできる最後のチャンスであったが、彼はそこに死ねない人たちの苦しみに寄り添う殺人者としての道を切りひらいてしまう。彼はパオーロやほかの修道士たちに救われた自らの命について、なぜ救われたのか最後の最後まで理解できずにいたように思う。宗教の場で、彼が取りつかれた死への崇拝から救い出されることなく殺人者として再び生まれ変わることは、命の尊さを説く宗教の敗北を意味する。ここでも読者は試される。「彼のしていることは正しいことでしょう?」しかし、脱出する際に行われる行為によって、私たちは彼の本質に触れ正気に戻されることになる。彼にとって命の重みとは、死の安らぎを得るためにあるもの以外のなにものでもないのだ。

 最後に彼は愛を回復して、相手の命の尊さを思うことにより、初めて死よりも重い命について直視しなくてはならなくなる。この物語のクライマックスだ。そこで彼が何を得て何を失ったかを考えることは、私たち各々が持つ愛と命についての思いを振り返らせる。

 カールは不幸だったのか。カールに殺された人々は不幸だったのか。それとも幸福だったのか。人にとって死とは永遠の幸福なのか、断絶の不幸なのか。

 このような問いに対する答えは一昔前ならば簡単に与えられていた気がする。しかし、善と悪についてこうも複雑になってしまった世の中にあっては簡単に答えが出せない。

 厳しい現実を見逃すことによってなんとか生きようとする私たちにとって、この物語は問題を直視できる場に緩やかに運んでいく船である。むごたらしい殺害による恐怖の中にではなく、美しいセンシティブな物語の中にある殺人に対して畏怖ともいえる感情を私たちに植えつけ、静けさの中にある二つの眼を見つめさせる。そして、その眼はもはやカールのものではなくなって、私自身のものなのかもしれないと気が付いた時に、改めて受けることになる衝撃は少なくない。死に対する私たちの感覚・感情は、間違っているのか、いないのか。死への恐怖が引き起こす誤った行為や生への執着が引き起こす他者への暴力的な態度が、彼のしていることとどれほどの違いがあるのだろうか。

 生き生きと生きることへの困難が引き起こす社会病理の中では、カールは常に私たちの心にあって私たちを死に誘う天使であり得るのだ。

 しかしながら、私たちがマリーやシューベルト刑事やパオーロ修道士といった人々との接触によって受ける感情は、カールのそれとは異なっていることもこの物語は教えてくれる。私たちは人の中で生まれ育ったのだ。たとえそれが混沌として美しいものでなかったとしても、そのことだけが私たちの感情に明かりを差し伸べ行く手を照らしてくれる術になる。それが私たちとカールとの確かな違いだ。

 カールは愛を受け、母親の愛を思い出し、死んでいく。初めから破滅への道であったとしても、そのことが私たちをどこか人間らしさへと回避させてくれる。そして物語の終わりは始まりに還っていくのだが、そういった手法も、新しい命を迎え、この物語の中にあっては特別のもののように思える。

 終わる命と始まる命。循環する生命。

 命を互いに支え合わせ繋ぐことのできる〈愛〉の存在こそが人の生きる意味なのだと。

 

【おわりに】

 いかがでしたでしょうか。なるべく作品の魅力をお伝えできるように書かせていただいたつもりですが、引用がないため本文の美しい文体がお知らせできていない旨はご容赦ください。しんしんと降り積もる雪のように穏やかに美しく、そしてそれゆえに私たちの心に消えない跡を残していくような文章です。原作者のトーマス・ラープ氏の才能と、それを見事に日本語に翻訳された訳者の酒寄進一氏のお仕事は素晴らしいものでした。

 6月13日に発売されて、すでに書店には出回っています。ご興味を持たれた方はぜひお読みになってみてください。

 

 

静寂 (ある殺人者の記録)

静寂 (ある殺人者の記録)

 

 

 

番外編 エンデ『AだからBという関係性を超えて』ブログの向こう側 ―いぶりぃさんに質問!―(3)

 いつもブログを見に来ていただいてありがとうございます。

 前々回の続きを掲載させていただきます。

 

いぶりぃさん④

 お返事ありがとうございます。

 バスチアンが読んでいる『はてしない物語』のファンタージエンが虚無に飲まれたとしても、ファンタージエンが保持されるべきとの解釈は興味深く読ませていただきました。一つ考えていただきたいと思う点は、ならばなぜファンタージエンの住人が虚無に飲まれると虚偽になるのか、という点です。ポンさんの解釈ですと、この虚偽はバスチアンにとってだけの虚偽ということになるのではないでしょうか。もっとも、一人ひとりの人間が自分のファンタージエンを壊すことで、虚偽を世界にまき散らしているという解釈もそれはそれで面白いかもしれませんけれども。また、水=失われた記憶を飲むという解釈も興味深いと思います。一方で、こう解釈した場合、アウリンは力をふるうと同時に自身の中に記憶をいわば貯蔵する装置のように解釈されるように思えます。そうすると、アウリンを身につけた時、バスチアンとアトレーユで異なる働きをしたことに対して、どう一貫した理解をするのかという点が問題になってきそうに思います。

 想像力の具現化ということですが、確かにモノとしての具現化はされていないと言えるかもしれませんが、この人間であることとファンタージエンの住人であることの差異は最も特徴的な仕方で示されているように思います。それが「名付け」、あるいは「新しい物語を語る」という行為です。これは生命の水を飲んだあとのアトレーユが、バスチアンに対して唯一驚異を示した能力でもあります。その意味で言えば、アマルガント図書館はある種の具体化と言えなくもないですが。

 もう一点、媒体の問題について一つ指摘させて頂きますが、ファンタージエンに行く媒体は本であるとは限らないと思います。事実、コレアンダー氏は最後の場面でのバスチアンとの会話の中でこういいます。「本だけではなく、ファンタージエンに行って帰ってくるほかの可能性も存在する。」また、ポンさんは簡単に行けるとおっしゃいましたが、ぼくにはそうは思えません。確かに、後半の大冒険に比べれば地味かもしれませんが、前半のバスチアンもある種のクエスト(冒険)を体験していると言えるように思います。そして、最後の最後の瞬間、エンデが言うようにバスチアンは無の中に飛び込むわけで、これを簡単に行けるというのはかなり疑問です。

 『モモ』についても一点指摘させて頂きます。ホラは時間を作ってはいません。あなたが時間を作っているの?というモモの問いにホラ自身「わたしのつとめは、人間のひとりひとりに、その人のぶんとして定められた時間をくばることなのだよ。」と語っています。

申し訳ありませんが、自己的・他者的な段階ということで、どういうことをおっしゃっているのかよくわからなかったので、よろしければもう少しご説明願えればと思います。永遠なものは常に降り注いでいる、とのご指摘には同意します。エンデも、もう一つの別の世界とは啓示のようにときに現れるものではなく、常にそこにあるものだといいます。問題は、常に降り注いでいるものを受け取るためには準備がいるということです。いわば、器を作るということであり、Bildungビルドゥング(教養/形成)ですね。エンデ自身、古典的な教養小説だと言っていますが、『はてしない物語』で言えば、バスチアンのファンタージエンを旅するクエストというのは、自己形成の道であって、それは必要な旅なわけです。単に、永遠なものは常に降り注いでいるというだけでは、あれらの旅はそれ自体不必要なものであるということになりはしないでしょうか。

 以上になります、説明不足な点等あればまたご指摘頂ければと思います。よろしくおねがいします。

 

Ponkichi④

 いつも鋭いご指摘ありがとうございます。とても勉強になります。

 いぶりぃさんの初めのご指摘ですが、なぜファンタージエンの住人が虚無に飲まれると(現実世界の)虚偽になるのかというのかということについて私なりのご説明をさせていただきますと、ファンタージエン自体は今まで蓄積された誰かの想像力によって維持されてきた世界であり、その世界の次なる創造主として入ることになったのがバスチアンだと思っています。そして、ファンタージエンが虚無に飲まれている理由は、ファンタージエンのような想像の世界に入り込んで、その世界で遊ぶような人間がいなくなってしまったという事になります。ただし、ファンタージエンという世界自体は〈はてしない物語〉という本を媒体として入り込めるもので、本は選ばれた人間の手に渡るようになっているのだろうと考えていました。しかし、今までのいぶりぃさんとのお話を通じて、ファンタージエンへの道筋は本を通してだけとは限らないかもしれないとは思いました。ただし、このお話の中心に幼ごころのきみがいて、彼女が王国の創造主を選択して働きかけていると考えると、やはりそれは限定されたものにならざるを得ない気もします。例えばこのお話ではファンタージエンの世界だけれども、このような世界が複数あって想像世界と人間世界を繋ぎ、お互い支え合うようにできていると考えていることもできそうですし、ファンタージエンがすべての想像世界の核であると考えるとすると、もっと複数の人が協力してこの世界を支えるお話にするほうが説得力もある気もしています。もうお分かりかもしれないと思いますが、私はファンタージエンはバスチアンの国でありバスチアンが完結しなければ終わらない世界だけれど、いろいろな想像主の国同士は想像の世界で繋がっており干渉しあっていると考えます。そして、この部分においてはモモの世界とは完全に解釈が違っています。なぜなら、モモの世界の表現では、モモの行き来が多大に現実に関りを持つ部分や、他者が影響を受けている部分を垣間見ることができるからです。バスチアンの世界で変わったのはバスチアン自身であり、父が変化することも、本やの主人が変化することもありませんでした。ただ、バスチアンが変化することで彼らの対応も変わったというお話になっています。現実世界から見ると、はてしない物語は英雄が世界を救う物語ではなく、バスチアンが自分自身を救う物語であるので、はてしない物語とモモの二つの物語はその意味合いにおいては別のものです。ただし、ファンタージエンの世界でバスチアンがファンタージエンを虚無から救ったこと自体は、想像世界同士が繋がりを持って広く現実世界と関りを持つとすれば、バスチアンの想像世界も現実世界に影響を持つのは当然ですから、そう考えることで私はバスチアンの行動は現実世界においても重要であったと考えています。

 そうご説明させていただければ、いぶりぃさんのご質問にはだいぶお答えできると思います。アトレーユは前にも言わせていただいた通り私の考えではバスチアンが自分の理想の人として設定した人物ですから、同じアウリンをかけたとしてもバスチアンの理想の人としての行動をするはずです。

 さて、なぜ私が泉の水を想像力と考えるのか、そのことについて詳しくお話させていただきます。以前頂いたいぶりぃさんの論文からノヴァリースの一文を引かせていただくと「自己形成〔教養〕の最高の課題は、先験的〔超越論的〕自己を我がものとし、同時に自己形成の主体たる自我の自我となることである。」と言う部分の、並列性によって成り立つ自己というのに自分なりに拘っているからだと思います。〈先験的自己〉という場合、それはカントでいえば認識論的立場であり現象ですね。現象としての自己。この部分において聖なるものの存在はとても重要で、私という現象を正しい道に導いてくれる道しるべです。しかし、この部分だけでは現象としての自己で収まってしまいます。現象としての自己が私としての存在を確定的にするには、別にどうしてもそれを実行できる経験の中の私が必要になります。それが〈自己形成の主体たる自我の自我〉になり得る自己であるように思うのです。つまり、先験的自己と経験的自己との両立がなければ、実体的な自己は存在しえないという考え方です。その考えが私の中心にあってエンデの物語を読んでしまうので、いぶりぃさんとは意見が異なる部分が多くなってしまうのだろうなと感じています。そういう読み方で行くと、あの場所に成長できる私がいるためには、聖なるものと目に見えない〈現象的な私〉と目に見える〈経験的な私〉が必要になってしまいます。この部分は私の私見によるところが大きいので、エンデの正しい読み方から外れてしまっているかもしれません。もしそうならば、是非ご指摘をお願いいたします。

 モモの時間のお話も、まず自分がいなければ時間もないというところで、マイスター・ホラが時間を作れない理由はすごく納得していますし、個人の時間を個人に与えるとはそういうことなんだなぁと改めて考えました。

 自己的・他者的という表現は適切でなかったと反省しています。この部分はまだ自分で考えが纏まっていなかったので申し訳なかったです。おそらく自己的=現象的、他者的=経験的という説明がしたかったのだと思います。

 また分かりづらいかもしれませんが、ご指摘よろしくお願いします。

 

いぶりぃさん⑤

 お返事遅くなってすいません。Skypeでお話したことの繰り返しになると思いますがご了承ください。

 ファンタージエンの多世界説というのは、確かに興味深い解釈であるように思います。また無理のない解釈にすることも可能なような気が致します。しかし、現状のポンさんのご説明だと多少無理があると思える点がいくつかあるように思います。まず、前回の虚偽についての質問と関係するのですが、「バスチアンのファンタージエン」という独立した世界で生まれた虚偽が、(場合によってはバスチアンと無関係な)他者に影響を及ぼすということをどう説明するのか、という点です。また、これも以前指摘したことですが、作中でバスチアンが旅するファンタージエンに、はるか昔シェイクスピアが旅をしていたことが暗示されているということです(バスチアンはおそらくシェイクスピアを読んだことはなかったのではないでしょうか)。要するに、ポンさんがいうところの「バスチアンのファンタージエン」が、バスチアン以外の人間とのかなり明確な繋がりを感じさせる箇所を、各ファンタージエンの独立という発想とどう折り合わせるかがポンさんの解釈の難点であるように思います。

もう一点、挙げるとすれば幼心の君の存在です。ファンタージエンとは、幼心の君によって/通して存在し、幼心の君とはファンタージエンそのものですらあると作中では語られていたと思います。さて、多世界的なファンタージエンにおいて幼心の君は一人なのでしょうか、複数いるのでしょうか。一人だとするならば、彼女の王国とは一体なんなんのでしょうか。貫世界的な存在として幼心の君が存在すると言えそうな気もしますが、そうすると病に蝕まれる幼心の君とはなんなのかという疑問も同時に出てくるようにも思えます。もう一つ付け加えると、ポンさんはバスチアンを創造主とお書きになっていますが、ファンタージエンの創造主は幼心の君であることが明確に書かれています。その点で、改めてバスチアンというより、人間の子どもの力(名付けの力)と彼らの望み/意志をファンタージエンの中で実現する幼心の君の力とを区別したほうが良いように思います。

 アトレーユとバスチアンの二人にとって、アウリンの作用が異なるという点ですが、もしアトレーユがバスチアンの理想像であるがゆえに、アトレーユがあのように行為できるというのであれば、アウリンの有無は何か意味がある違いになるのでしょうか。例えば、化け物の国ではアトレーユはアウリンを持っていませんでした。しかし、グモルクと対峙したときも、アトレーユはやはり―ポンさんの言い方でいいますと―バスチアンの理想像であるように振舞っていたのではないでしょうか。単に、バスチアンの理想像であるからということでは、この作用の違いを説明できないように思います。

 ノヴァーリスの断章の解釈については置いておきますが(ちなみに、その断章は「であるからには、他者に対する感性や理解が十全でないのも、異とするにはあたらない。完全な自己理解がなければ、他者を真に理解することはできないであろう。」と続きます。)、ぼくがポンさんのお考えをきちんと理解できているかわかりませんが、Skypeで伺ったお話と今回のお返事を合わせて考えたとき、こう言えるのではないかなということを書かせて頂きます。ポンさんがおっしゃるような「現象的な自己」は「鏡の中の鏡にはなにが映るか?」という古老の問いにおける鏡ではないでしょうか。この自己を追いかけて行くと、合わせ鏡のプロセスの中で無へと解消されてしまうようなものとしての鏡です。しかし、エンデにとってはこのプロセスの中、この無の中に飛び込むこと、この無の中にこそ真に人間の本来的な力があるわけです。その意味では、エンデ自身の考えとの比較という意味においては、ぼくの見解では「現象的自己/経験的自己」というだけでは、道具が足りないかなという印象です。

 以上、繰り返しになるので簡単ではありますが、お返事させていただきます。

 

 いかがでしたでしょうか。私の考えは少し飛び超えすぎていているかしらと思いつついぶりぃさんにご質問させていただいたのですが、さすがにすぐにエンデに話を戻して収集していただけたので助かりました。こういうところが長時間きちんと取り組まれている方との違いだと思います。実はいぶりぃさんのお話の通り、最後のお返事の前に2時間ほどお話しさせていただいてたくさんのお話を聞くことができたので、今はその流れで『鏡のなかの鏡』を読んでいるところです。もうお読みになっていらっしゃる方ならお分かりかもしれませんが、これがまたすごい曲者で、30篇の作品が鏡に映る鏡のような関係性を保ちながら連なっていくというものです。一篇一篇の意味を追いながら前後の関係や全体の関係を読み解くのはなかなか大変で苦戦しています。またお話を伺いながら少しでもエンデを理解できるといいなぁと思ってるところです。

 

いぶりぃさん(@iwri)のブログも更新されました!

http://d.hatena.ne.jp/iwri/20170611/1497194138

 

何かを理解するための道のりというのははてしないなぁと思います。

 

 

ミュシャ展【6月5日まで】閉設の前に

 《スラブ叙事詩》のプロジェクトが―非常に実り豊かで、多くの点で驚くべきものであったとしてもー当時、(選択的ではあったが)国際的な情報に通じていたチェコの芸術界にさほど大きな熱狂をもたらさなかったのは意外なことではない。ムハが雄偉を誇った時代は、モダニズムアバンギャルドの潮流の到来によって、明らかに終焉を迎えたように思われていた。19世紀後半に作られた国家概念の誇示を壮大な歴史スペクタクルに仕立て上げることは、間違いなく望ましいことではなかった。それは、あたかもムハが―彼の当初の目的は、同時代の絵画ジャンルの公式なヒエラルキーに対応すべく、歴史主題を描く画家になることであった―パリで収めた(しかし望んだ分野では獲得されなかった)大成功の「逆転」を経験することによって、ついに自身の目標に到達したかのような事態であった。しかし、故国に華々しく戻ってきたムハが飛び込んだ水は、この時すっかり変質していた。一方で《スラブ叙事詩》は、この傑作を鋭く分析したレンカ・ビジョフスカーとカレル・スルプの論考においてすでに指摘されているとおり、いわゆる「スラブ芸術」の伝統概念や歴史画の規範を判断基準とした保守派の伝統主義者の間でも、同様にはなはただしく否定的な反応を引き起こしたのである。したがって、ムハは二つの時代―19世紀と20世紀—のどちらからも着想を得つつ、その狭間で揺れ動いていたのだ。しかし彼は、同時代には評価基準のなかった作品を創出したのである。以上の見解が、《スラブ叙事詩》を考えられうる文脈の一つのなかに―より正確には、フランスにおける装飾画の問題という視点から―位置づけようとする私たちの試みの出発点となるだろう。

 

ミュシャ展』求龍社 p202 ドミニク・ロブスタイン、マルケータ・タインハルトヴァー「アルフォンス・ムハと装飾画の復興―フランス文脈を通して」より

 

 ミュシャ展がもうすぐ終了ということで、スラブ叙事詩が日本に次いつ来るかわからないので、ぜひ見に行っていただきたい気持ちから文章を書かせていただきます。もっとも私のブログに来ていただいている方ならもうご覧になっている方が多いかもしれません。

 

 日本ではミュシャの作品はアール・ヌーヴォー様式の人物画に自然を取り込んだリトグラフの印象が強く、私にとっても美しい女性を描く画家ナンバーワンの位置を占めているのですが、ミュシャ自身はそのことを決してよいこととは思ってはいませんでした。

 今でこそ、鑑賞する側にとってそのような作品と油絵に格差をつけて見るような風潮はないように思われますが、ミュシャが生きていた時代には油絵を描く画家が本当の画家で、そのほかは画家というよりどちらかというと美的な技術職のような扱いを受けていたようで、多くの名声を受けながらもそのことをずっとミュシャは気に病んでいたようです。

 そして、とうとう祖国の危機と自分の名誉のためにスラブ叙事詩の制作にかかったというわけですが、先に引用させていただいた通り、時代に取り残された形になって祖国では作品としての正当な評価を受けられることなく、ミュシャは亡くなってしまいます。

 2012年にプラハでスラブ叙事詩全20点が公開されて以降、スラブ叙事詩への評価が高まって私たちが日本でこの巨大なスペクタクル作品を目にできるようになったという、なんとも画家にとっては皮肉な話にも感じますが、芸術作品でそういった評価の受け方をしているものは結構たくさんあるもので、時代性と芸術作品の関係は思いのほか複雑なんだよなぁなんて思いを馳せることもできます。

 

 さて、ダラダラと前置きが長くなりましたが、行って見て私がまず感じたことは、よく戦っているなぁの一言で、宗教と国を守るという事がヨーロッパの真ん中ではどれほど難しい事だったのか思い知ることができます。それを知ることだけでも十分価値があると思います。しかし、スラブ叙事詩のすごいところはスケールの大きな絵画の中に様々な人間(や神々)が配置され、その一人一人を見つめて同化できるような物語を感じられることだと思います。絵画の物語はどの絵画にも見られるし、それが絵画の価値といえば価値なのですが、スラブ叙事詩の物語は少し違っています。叙事詩という題名通り、詩的な表現を通じて神話としての歴史性(あるいは歴史としての神話性)が表象されているのです。その表現を受けて、私たちは現実の中の夢のような場面に入り込んで、歴史とは、民族とは、国とは、神とは等々の多くの訴えかけに圧倒され、ただ怯えたり、一心不乱だったりする人々と重なり合い、我を忘れるひと時を過ごすことになります。

 私たちが生きているということは、これほどまでに様々なことに翻弄されているということだと改めて思い直すと、現代を生きることも少し違って見えるような気もします。私はむしろ今は何に守られてこんなにも怯えていないのか不思議な気さえ起こりました。守られている、守られていない、守られている…。揺れる心の中で今大切にしたいものを感じることもできました。

 

 と、私の感想はこんなところですが、絵画を見る時の人の気持ちはそれぞれで、あなたの世界を満喫できるのも、見ることからしか得ることができない情報量で物語を語る絵画の魅力であると改めて感じることのできる作品群です。

 

 ミュシャ展は6月5日(月)まで。とても残念ですが国立新美術館以外での開催はないようですね。まだご覧になっていない方で、ご興味を持たれていける方はぜひ見にいらしてみてください。

番外編 エンデ『AだからBという関係性を超えて』ブログの向こう側 ―いぶりぃさんに質問!―(2)

前回の続きになります。

 

Ponkichi②続き

 さて、いぶさんのご指摘のあったアトレーユが命の水を飲むことで愛を知ったことについてですが、アトレーユとフッフールは眠っている間に泉に連れて来られた。冒険を続けてもバスチアンがファンタージエンに来ないかもしれないと虚無の事実を知ったアトレーユが絶望を感じ、そのことを幼ごころのきみに話した後、とうとう幼ごころの君がさすらいの山の古老をお尋ねになった時です。そして、命の水は誰かの心の中から湧き出るものですね。私が知りたいのは、幼ごころのきみがアトレーユに与えた命の水は誰から沸いたものかという事です。私自身は既に幼ごころの君に名を与え物語を読み進めているバスチアンのものであろうと思っているのですが、いぶさんのご指摘から想像すると、それまでにファンタージエンを訪れた人々が残してった僅かな残りだと考えることもできそうです。いぶさんはどのようにお考えでしょうか?

 それと、この部分からもう一つ。グモルクのことです。ファンタージエンのことにも現実世界のことにも精通した破壊者であるグモルクはいったい何者であって、グモルクの依頼主は誰なのかという問題です。事典には依頼主は灰色の紳士かその親戚とありますが、グモルク自身は独立した誰の想像にもよらないものなのか、それとも敵役として狭間に住むものとして想像された生物なのかということです。それは、悪に対するエンデの立場も表明される部分であるとは思うのですが、エンデが物語の中には善も悪も両方とも必要だということから、物語からはみ出している分該当しないところが生まれてしまいます。しかし、灰色の紳士ほどの全体悪の象徴と言うのとも違うように思うのです。罠にかかる人の好さやアトレーユとのやり取りを見ても、人狼は本当の悪からは一歩引いた存在であるように思います。エンデはなぜそのような悪をアトレーユの敵にしたのか、いぶさんのお考えをお聞かせいただけたらと思います。

 愛の段階について、いぶさんのご説明でエンデの立場についての理解を深めることができました。ありがとうございます。ここはいぶさんから頂いた文章をもう少し深く読んで、エンデの考えと自分の考えの相違を把握し、混同しないようにできたらと思っています。また疑問点が生まれた時には質問させてください。

 マックス・ムトの物語、私もずいぶん端折って書いてしまったのでご迷惑をおかけしました。いぶさんのおっしゃられていること、最後に旅を続けるのに疲れたムトが考え及ぶところですね、そこは私もなるほどと思いました。ムトがそう思って旅を続けるところで終わりますが、実は私には悶々としたものが残りました。それは、ムトがどう思ったところで周囲の反応によってその道筋が変えられてしまう可能性について、何も払拭できないところで終わったからです。このままでいけば、ムトはずっと悩み続けながら旅をしていくことになるでしょう。そういうことすべてを含めて仕事論のように見えると言わせていただきました。創造的な仕事をしているつもりで、使役されているような場面は、仕事をしていれば日常的に私たちに起こる出来事のように思います。ここのところは、私が穿った見方をしているのかもしれません。

 先日お伺いしたお話を自分なりにまとめて、エンデの本を読み解くヒントにしながら更にまとめていけたらと思っています。またよろしくお願いします。

 

いぶりぃさん③

ご質問を頂いたことを含め、3点書かせて頂きます。

まず、生命の水についてです。ぼく個人の見解ということですが、ぼく自身はまずポンさんの前提そのものに疑義があります。「命の水は誰かの心の中から湧き出るものですね。」とのことですが、このことを指し示す箇所はあったでしょうか?一応、該当しそうな箇所を少し探して見ましたが、見つかりませんでした。もし、ぼくの見落とし等であれば、ご指摘頂きたいと思います。

さて、上記の箇所をお示し頂ければ再検討致しますが、ご質問についての今のところのぼくの見解を書かせて頂きます。まず、生命の水とは誰か特定個人に属するものではないと思います。もし、バスチアンが飲んだ生命の水がバスチアン自身の内面から湧き出るものであれば、またもやバスチアンは自身の内面世界を旅し、自身の内面の深みから生命の水を汲み出すことになってしまうでしょう。前回のお返事にも書きましたように、それは宇宙的な力、コスモス的な力であり、超越的な人間外的な力です。だからこそ、生命の水は幼心の君の力の源泉足りうるのだと思います。補足的なお話になりますし、あまり他作を引き合いにだすべきではないかもしれませんが、比較のために『モモ』の時間の花の描写と比べて見てください。特に、純粋な金(モモ)あるいは金色の光(はてしない物語)でできた丸天井Kuppelという描写は注目に値します。このような描写はエンデ作品においてはしばしば超越的な、彼岸的な場所に用いられています。一方で、『モモ』ではモモは外的な道を通って、自身の内的なもの(時間の花)に触れます。バスチアンは逆に内的な道を通って、外的なもの(生命の水)に触れているのだとぼくには思えます。エンデは子安先生との対談で、シュタイナーを引用しながら、自己を認識したければ自身の外、世界に目を向けなさい、世界を認識したければ、あなた自身に目を向けなさいということを言っていることを付言しておきたいと思います。

2つ目の問題に移りたいと思います。グモルクのことです。実に興味深いご指摘だと感じました。グモルク自身が言うように、グモルクはファンタージエンの存在でも人間でもない、デモーニッシュな存在だと思います。彼が仕える力が灰色の男たちかその親戚だというホッケの解釈はよくわかるものです。というのは、彼らの目的は人間がファンタージエンを存在しないと思わせることであり、それは結局のところ、エンデ的な言い方をするならば、計算・計測・計量できるものだけが現実だと思わせること-唯物主義-だからです。そして、灰色の男たちというのはまさにそういう存在として描かれています。とはいえ、グモルク自身は灰色の男たちと同じ存在ではないことも確かなように思えます。グモルク自身の発言からそう解釈できます。では、グモルク自身がどういう存在なのか、これについてはグモルクについての描写が余りに少ないためにほとんど推測できないと言わざるをえないように思います。

悪について、もう少し付け加えたいと思います。まず、グモルクは「アトレーユの敵」と言っていいのかについて、ぼく自身は疑問に思えます。確かに、グモルクの標的はアトレーユかも知れませんが、グモルクはファンタージエン全体の、人間の、幼心の君の敵対者(の手先)だと言ったほうが適切ではないかと思います。ポンさんがおっしゃるような「本当の悪」とはおそらく「灰色の男たち」のような悪のことを指していると思うのですが、彼らとグモルクの違いは上述したようにグモルクと彼の仕える力が同一ではないということが一つの理由であるように思います。エンデ作品で言えば、『魔法のカクテル』のマーデ氏、『サーカス物語』のアングラマインなどがポンさんの言うような「本当の悪」、冷酷で非人間的で計算合理的な灰色の男たちのような存在だと言えそうです。一方で、『魔法のカクテル』で言えばマーデ氏に仕えるイルヴィッツァーやティラニヤはどこか人間的でユーモラスです。あるいは、『ジム・ボタン』の海賊たちもそうかもしれません。この違いは、前者は人間を唯物的なものに導く力であり、後者は間違ったところに置かれた善であるというところにあるかもしれません。『魔法のカクテル』では永遠の相の下で見れば、悪も善にとって必要であると言われています。いずれにしても、『はてしない物語』内の描写だけでは、グモルク自身について明確に何かをいうことはできないように思いますので、ご参考までに他作品との比較を通して、一つの見通しを示唆するだけに留めさせていただきたいと思います。

最後に、マックス・ムトについて少し触れさせて頂きます。まず、補助線として先日お話させて頂いた『有限ゲームと無限ゲーム』に触れたいと思います。Carseは(かなり端折った言い方をすれば)この二つのゲームのタイプを有限ゲームは勝利条件に合意するゲーム、無限ゲームはゲームを続けるためにルールを変えることに合意するゲームと特徴づけています。ムトにとって、それまでの旅はゲーム(=旅)を終わらせるためのもので、Carse的に言えば有限ゲームでした。ムトの転換は有限ゲームを無限ゲームへと変えること、つまり旅を続ける(ゲームを続ける)こと自体を目的としたゲームへと変化させたという点にあります。彼の倦怠は目的を達成すること、つまり旅を終わらせることへの絶望感にあります。ですが、彼は旅の終わりを前にして、自身がそれを望んでいないことに気づきます。そこが彼の転換点であり、ゲームそのものを変化させる転換点です。ポンさんはムトが「旅を続けることに疲れた」と書いておられますが、ムトが旅を続けることに疲れたのであれば、彼は旅を終わらせることができました。ポンさんが書かれたことを読む限りでは、ポンさんはムトが単に考え方を変えたのだと見ているようですが、実際は彼の行為の本質がそもそも変化しているのだというのがぼくの考えです。

以上、あまり問題を複雑化しないように、あえて触れていないところも多々あるので、言葉足らずな部分も多いかもしれませんが、よろしくお願いします。

 

Ponkichi③

 ありがとうございます。実はいぶさんにご指摘を受けてから自分がなぜ生命の水が人の内面から湧き出すものと思っていたのか考えていたのですが、やはり、バスチアンが来ることでしかファンタージエンが虚無を逃れる方法がなかったからであろうかと思います。もしも生命の水が何もかもの源泉(=愛を与えられるもの)であり得るならば、当然ファンタージエンは今ある人間の想像力が死んだところで未来のために維持されるべきですし、そうであれば生命の泉が枯れることがなければ、幼ごころの君は死ぬことなどないと思えるからです。ファンタージエンが虚無で侵されることが、人間界にも影響をもって、人間が目に見える真実(比べられる事実)しか信用できなくなる相互関係を持つならば、余計にファンタージエンは聖なるものとして保護されるべきです。でも、バスチアンがいなければファンタージエンのすべてが虚無に飲み込まれてしまい無くなってしまうということを目の当たりにすると、ファンタージエンそのものは人の想像力によって作られるものであり、その源泉である生命の水自身がその源である想像力の結晶であるであろうと考えたのです。だからこそ、現実世界に戻るためにファンタージエン創造のために使い果たした現実より持ち込みし想像力(=記憶)を飲み込んで記憶が戻ったというのが私の考えです。

 でも、いぶさんのお話を伺って、なるほど命の水自身は永遠のものであり、命の泉は永遠なるものから引き込まれていると考えることが妥当なのかもしれないという気もしてきます。確かにバスチアンがファンタージエンにやってきたとき、モンデンキントがバスチアンに渡した砂の正体がなんであるか、砂の正体はファンタージエンのわずかに残った一粒の砂なのですが、大切なのはその砂を想像力によって目に見えるものに変える働きをする何かですね。それが〈魔法の力〉、人間界とファンタージエンを結ぶ世界の架け橋、そして『はてしない物語』で常に皆を縛る決まり事です。この力こそ聖なるものの正体であり、それは生命の水であるという考えは合理的であるように思えます。

 ただ一つ納得いかないのは、そこに介在する人間の想像力自体は何の具現化もされていないのかということで、目に見えないものとして強調されているのかもしれないとも思われますが、魔法を叶える唯一の方法でありながらぼやけている感じが私はしてしまうのです。本という媒体を通じて行くときには簡単に行けました。しかし、帰りは水を飲まなければ帰れません。それは帰れる要素がないからです、というのはあまりにおかしく感じてしまうのです。だから単純に、失ったものを返してもらって帰ることができたという判断をしたのだと思います。

 しかし、ファンタージエン(=想像世界が具現化したもの)と現実世界を行き来できる水の存在があって、さらにそれを飲むことによって行き来が可能になるというのは、村上春樹も『騎士団長殺し』の中でメタファー通路から帰る方法としての川の水という形で採用していたりもするし、ファンタージエンを彼岸にするというような考え方にするのなら、そちらの方が正しいような気もします。

 要するに、本という媒介を使用したことが私の混乱を招いているのだと思います。そう感じて『モモ』についても再読してみました。

 『モモ』の中には池が出てきますね。美しい花が次々と生まれては消えていく場所としての池です。その池は、モモの心の中心にあります。そこには光の柱がまっすぐに降りてきていて、水面のすぐ近いところに振り子がある。まさに、この表現にあるように、水はモモの心の奥底で湧き出ているもの(=想像力)であり、そこに刺す光の作用(永遠なるもの・聖なるもの)によって自分自身の身の内に時間である花が誕生し、振り子(星々の声)の作用によって時間を得て成長し時間の経過によって枯れていき、また繰り返し咲いては枯れていく。灰色の男たちによって人々から盗まれた時間は花として保管されていましたが、本当の目的は、花を得て自分たちの命を長らえながら、自分たちの世界に変えるために人間から想像力を奪い、致死的退屈症に至らしめることです。あんなにマイスター・ホラに執着したのは、花を直接的に手に入れたかったからとホラは言いますが、同時に人間の池の水が枯れたら、いくら光と振り子があっても花を作り出す装置としての人間がいなくなるからではないかと考えられます。私にはマイスター・ホラがどのような方法で時間の花を作り、人々に分け与えていたかは、私には分かりませんでした。でも、それはきっと彼が永遠の泉だからできることかもしれません。時間の管理者だからとなるともう作れるからということになりますが。

 『はてしない物語』に引き続き、『モモ』の私の読み方はこうなりました。

 

 グモルクの話題、ご意見ありがとうございます。グモルクを敵としたのは、『「はてしない物語」事典』のグモルクの項目に、アトレイユの唯一のかたき役とあったからなのですが、確かに敵はおかしな表現だったと思います。私も敵とは思っていなくて、ただ、どうしてそこまで律義に悪者に忠誠を誓っているのか不思議に思うのです。それはひょっとしたら、事典にある「2つの世界どちらの世界にも属していないので、どちらの世界も愛せない」というところによるものなのかもしれません。でも、キャラクターの中でも私にとってはすごく重要なものになりました。

 

マックス・ムトについて、私が言いたかったのは、ゲームは一人で行われているわけではないので、他者の納得のいくルールに従わなくてはならないのではないかという事だったのですが、いぶさんのおっしゃられた通り、よく考えてみるとムトは自分のために無限のゲームをすることに決めたのなら、有限のゲームの理屈は通らないなということが分かりました。この部分は現実的に考えるのはやはり物語を台無しにするだけだとも思います。

 それと話題が逸れますが、先日『BLAME!』を鑑賞したのですが、育ち続ける都市の構図が全くムトと同じだったのでびっくりしました。増大し続けるムトの都市は人をそのまま飲み込みましたが、増大し続けるブラムの都市はその自衛機能によって人を殺害し続けていました。そのどちらが現実的かを考えるのもおもしろいなと思います。もう人はとっくに飲み込まれていて、次に予測されるのは殺されることかとも思います。

 

 愛の段階については、私は他者的な段階についてはいぶさんに同意しますが、それを経ての自己的な段階ではなく、同列的に行われ、永遠的な何かは段階を経て初めて得られるものではなく、常に降り注いでいるものであろうと思います。

この点、いぶさんのお考えをきちんと理解していない可能性もあるので、ご指摘があればよろしくお願いします。

 

 いかがでしたでしょうか?

 毎回丁寧にお答え頂けるので、どんどん考えることが増えてしまっています。

さて、次回の転回はいかに!

  

番外編 エンデ『AだからBという関係性を超えて』ブログの向こう側 ―いぶりぃさんに質問!―(1)

 先日アップさせていただきましたエンデの著作を通じてエンデを知ろうとする試みですが、ブログにも書かせていただいた通り、元はいぶりぃさん(@iwri)の読書会でのお話からヒントを得、その後もいぶりぃさんにお話を伺ったり質問させて頂いたりして文章を書けている状態となっております。

 その際、文章をやり取りさせていただいたものを私だけが独占しているのはもったいないと感じましたので、ブログに掲載する許可を頂きました。それをここに掲載させていただきます。

 なお、やり取りはどんどん継続しておりますので、まとまり次第随時アップさせて頂きます。

 

いぶりぃさん①

原稿拝読させていただきました。 一点疑問点があります。共感と愛をイコールで結んでいいのかという点です。エンデが言 う、創造的力の最高の形式としての愛、というところで言えば、愛はもちろん共感ではある わけですが、共感より狭い、こう言ってよければ、高次のものだという気がします。先日も 少し引用しましたが、エンデは書簡の中で、人の嫌なところがまず目につくわけだが、その 背後に愛すべき点を見つけるのには創造的とも言える努力が必要だと言っていますが、そう いう意味では、反感/共感図式で言えば、反感を乗り越えた共感と言えるかもしれません。 ぼく自身は以前、最高度の共感と表現した記憶があります。 補足を含めて付け足しなのですが、「はてしない物語」に即して言えば、愛することへの道 は段階的だと読むことができます。初めに、イスカールナリたちの和合、自他の区別のない 融和があります。第二にアイゥォーラの母性的な愛、血縁に基づいた愛があります。第三に 愛の前提になる愛の対象の発見、同時にミンロウドでの自己自身への沈潜(ここの部分は議 論が複雑なので無視していただいて構いません)です。単に子どもの共感といったとき、お そらくイスカールナリやアイゥォーラ的なものも含むのではないかと思います。 ここからは付け足しですが、エンデは子安先生との対談(エンデと語る)で希望信仰愛を超 自然的な徳、「にもかかわらず」の徳だと言っていたのを、記事をよませていただいて思い 出しました。お読みになられたことがあるかわかりませんが、この点については『自由の牢 獄』所収「夢世界の旅人マックス・ムトの手記」が示唆的かもしれません。ご参考までに。

 

Ponkichi①

 ご意見ありがとうございます。

 共感を愛に持って行った部分は自分でも多少強引かとは思っていました。この部分には何か一つ書き加えたいと思います。そこの問題点は、私が必然性の鎖から解放される創造性についての文章を見つけられなかったからで、何かいいものがあったらご提示頂けると助かります。

いぶさんのご意見のとおり、バスチアンは物語の中で、イスカールナリたちのような並列的な存在ではなく特別な愛を受けた特別の存在になりたいと願う事、アイゥオーラによる無償の愛を授かることによって起こる誰かを愛したいという気持ちを持つこと、そしてヨルの採掘場で暗闇と沈黙の中で愛するものを見つける行為をすることという段階を経て、自らを取り戻していきます。

ミンロウドで自らの中に入る愛については、暗闇と沈黙の大切さを表したいい文章だと思います。人は自らの深みに入らなければ大切なものを得られないときもありますが、一人きりで深層心理に入り込むというのは精神的にも肉体的にも大変な苦痛を強いるし、それこそ帰って来られなくなる可能性がある。しかし、彼は採掘士見習いであり、ヨルという師匠を得て入っていますから、その辺りは導くとは何かという問題に繋がっていくように思います。

ただ、一番大切なことは、アトレーユという、孤児でありながら、皆の息子として部族の皆が大切に育てた、すべての愛を持った人が常に側にいたということだと思うのです。そして、アトレーユはバスチアンが作り上げた希望的な私、自らが欲していても手に入らないと思っていたすべてを持つ私の中の私です。彼は常にバスチアンの傍らにいて、バスチアンにすべての愛を注ぎます。それは、前述された過程を経て実は何者になりたいのかという答えを示している。つまり、愛せる人です。バスチアンはアトレーユを拒絶して一人になった時に試練を受けられるようになりますが、これこそが、作中でエンデが言いたかった最大のこと、自らの中にある愛せる人を、ある時は愛し、ある時は助け、ある時は裏切り、拒絶し、自分自身を構築しなさいという示唆であると思うのです。これは、自分自身に対する感情のコントロールを意味しています。いぶさんが指名してくださった他者から受ける感情と、自分自身の感情。この二つの感情に対して同じように体験しなければ得られなかったものがバスチアンには必要だったのだと思います。アトレーユがすべてを持った人なので、私は敢えていぶさんのおっしゃったことに対して段階的な愛などと言うものは無くて、愛というものは全てにおいて愛なのだというお答えをしたいと思います。例えば子どもであっても深い愛は十分に持ち合わせているように思います。

「夢世界の旅人マックス・ムトの手記」読み直しました。私は自分をさ迷えるリドルマスターと位置付けているので(笑)彼の気持ちは非常によくわかります。しかし、彼は誰かのために働き、それを自分の生きる糧にしているのだから仕事論のようにも読めて切ないですね。哲学や科学を超えたところにある人間自身の徳について、深く考えていきたいです。

 

いぶりぃさん②

お返事ありがとうございます。

まず、ご質問の方ですが、先日引用させて頂いた愛は創造力の最高の形式であるとのエンデのメモは、ロマン・ホッケによる『はてしない物語辞典』の中で引用されている未公開遺稿からのものです。ぼくは原書しか持っていないので邦訳は確認していませんが、ご参考にはなるかと思います。なお、本の内容自体はエンデの未公開遺稿がかなり引用されているという意味で貴重ではありますが、基本的にはロマン・ホッケの見解によるところが大きいので、あくまでホッケの見解、あるいは二次創作と見たほうが良いかと思います。それ以外に、明確にこの点を示唆しているテキストは、ちょっと思いつきません。あえて言えば、こちらも先日引用させていただきましたが、遺稿集『だれでもない庭』に収録されているNさんへの手紙の中で少し触れられています。作品で言えば戯曲『サーカス物語』かなとも思いますが、作品の場合、それ自体が語られているわけではないので少しどうかなと思います。

さて、最初に少しぼくの書き方が悪かったようなので、一点訂正させていただきたいと思います。ぼくはイスカールナリから生命の水までの道のりを「愛することの段階」とは考えていません。「愛する」とは生命の水を飲むことで初めて可能になることであり、そこまでの段階はあくまで「準備段階」のようなものであり、ここまでの文脈に即してあえて言うならば「共感の段階」と言ったところです。ぼく自身のこの点に関する見解を厳密に言うとまた少し違ってくるのですが、これは話を簡略にするためにあえてあまり触れなかった第三の論点と係わるので、この点は後述させて頂きます。

アトレーユの存在をどう捉えるかについては、おそらく作品解釈を大きく分ける点だと思いますが、ぼく自身の考えで言えば、解釈そのものについては個々人に委ねられるべきだと思うので、その点についてはポンさんが納得の行く解釈をされれば良いのではないかと思います。かわりにと言ってはなんですが、作品内における事実的な点については一つ指摘させて頂きたいと思います。ポンさんの書き方ですと、アトレーユはそもそも「皆の息子」として愛することを知っている存在であるという風に読めますが、この点については、アイゥォーラのファンタージエンの生き物は愛することができないという言及について検討が必要かと思います。生命の水を飲むことが出来た少数のものだけが愛することができる、とアイゥォーラは語ります。アトレーユ自身、生命の水の場面で僕は前にここに来たことがあると言う趣旨のことをいいます。つまり、アトレーユが愛することができるのは生命の水を飲んだからなわけで、これはもともとアトレーユが愛することができる存在ではなかったことを示唆しています。この点については、ぜひご一考頂ければと思います。

もう一点、補足的な指摘をさせていただきたいのですが、ミンロウド、あるいはファンタージエンそのものの問題です。ぼくが読んだことがある多くの『はてしない物語』論ではあの世界をバスチアンの内面世界、深層心理的な世界と解釈しています。しかし、エンデ自身もどこかで指摘していたと記憶していますが、ファンタージエンは単にバスチアンの内面世界ではありません。これは作中で様々に示唆されています。例えば、三人の騎士が荒野で歌う歌はシェイクスピアリア王の道化の歌(だったと思いますが)であり、シェクスピアーとかなんとかいう旅人(邦訳だと少し分かりにくい言い方になっています)という言い方がされていたと思いますが、かつてシェイクスピアファンタージエンを旅したかのように書かれています。また、ミンロウドの絵についても、明確にダリの絵画や父エトガーの絵画を指していると見える描写があります。ヨル自身もそれは人間の忘れられた夢の層だと言っています。ノヴァーリスの有名な断章を引いて言うなら「内部へと神秘に満ちた道が通じる」わけです。いずれにしても、あの世界、単にバスチアンの内面世界・深層心理と考えるのは、少し単純化しているように、個人的には感じています。余談ですが、ミンロウドはとても興味深い舞台です。鉱山はドイツ・ロマン派の主要なモチーフの一つでした。ノヴァーリスはもちろん、ティークやホフマンらも鉱山を描いています。ロマン派においては、鉱山は神秘的で、魔術的(あるいは魔的)な、ある種の別世界のように描かれます。エンデがこのようなロマン派的伝統に対して、意識していなかったとはとても思えないところです。

最後に、少しだけ愛・創造力に係わる第三の軸について触れさせて頂きます。エンデは愛は創造力の最高の形式であり、それはカバラのセフィロトにおけるケテル(王冠)のセフィラだと書いています。重松禅師との対談の内容と合わせて考えると、ここでエンデはいわゆる高次の自我について触れていると考えられます。その意味で言うと、最初に書いたことに戻りますが、ぼく自身の解釈を厳密に言うならば、イスカールナリたちのところから、生命の水までの道のりは自我発展の道のりであり、自我の段階的発展の道のりだ、ということになります。ぼくの解釈が少しわかりづらくなっているかと思い書きましたが、今までの議論の流れで言いますと、この点についてまで話を広げると、少し広げ過ぎだという気がするので、この点については無視して頂いて構いません。

もう一点補足で、言葉が足りなかったのですが、マックス・ムトの物語で注目して頂きたかったのは、彼がA→B→C…という~だから~する(しなければならない)という振る舞いから、自らC→B→Aというルールを作り出す(創造する)という振る舞いへと転換した点でした。彼が旅を続けるのは旅をしたいから(原文を直訳すると私は好んで旅をするという感じになります)です。この自らルールを設定することで因果論的関係(~だから~する)を超えるという点は、エンデの遊戯論の重要なポイントで、『サーカス物語』で愛と自由と遊びという三つが並列され、この三重のものは結局一つのものなのだと言われることとも関わってきます。ですが、これもまた少し話を広げすぎたかもしれません。エンデの愛ということを深く考えようとすると、実際、かなり幅広いエンデの議論を抑えないといけないということと理解して頂ければと思います…。

 

Ponkichi②

丁寧にお答えいただいてありがとうございます。

 付け加える部分は「Nさんへ」をまるまる引用しました。多少分かりやすくなったかと思いますが、いぶさんのご指摘のとおりエンデの文章は多様性があるように思うので、これがすべてかというとやはり自信はありません。この前お話しさせていただきましたが、少し続けようという意思が生まれたので、芸術論と遊びのお話にして続けたいと思います。

 今回はここまで。ブログ掲載前の文書までです。

 本文より内容も濃く、きっとお楽しみいただけたのではないかと思います。

 次回もお楽しみに!

AだからBという関係性を超えて ―エンデの愛について―

 「遠い、遠い昔のこと、」と花咲くおばさまははなしはじめた。「わたしたちの国の女王幼ごころの君は、重いご病気で、もう死にかけていらっしゃいました。女王さまには新しいお名前が必要で、それをさしあげることができるのは人間世界のものだけだったのに、人間がもうファンタージエンにこなくなっていたからです。どうしてこないのか、だれにもわかりませんでした。もし女王さまがおかくれになれば、ファンタージエンはおしまいになってしまうのです。ところがある日、というよりある夜のこと、やっとまた人間がやってきました。小さい男の子でした。そのぼうやが、幼ごころの君に月の子(モンデンキント)という名をさしあげました。女王さまはそれでまたお元気になられ、お礼に、この国でぼうやの望みはなんでも実現させてあげると約束なさいました。—ぼうやが、真の意思を見つけるまで、なのだけれど。それからというもの、ぼうやは一つの望みから次の望みへと、長い旅をして、そのつど望みがみたされてゆきました。一つ望みがかなえられると、新しい望みが生まれました。よい望みばかりでなく、わるい望みもありましたが、女王幼ごころの君は全然区別なさいませんでした。幼ごころの君は何もかも等しくお認めになり、女王さまの国ではみんな同じように大切なのです。そして、とうとうエルフェンバイン塔が崩れおちることになったときでさえ、それを防ごうとはなさいませんでした。ところが、ぼうやは、望みが一つかなえられるたびに、自分の元いた世界の記憶を、一つずつなくしていったのです。といっても、ぼうやはもう帰る気持ちはなかったので、気にもかけませんでした。だから次から次へと望みを持っては進むうちに、とうとう記憶のほとんどを失ってしまいました。覚えていることがなくては、もう望むこともできません。こうしてぼうやは、もう人間というよりは、ほとんどファンタージエン人になってしまったのです。ぼうやはそれでもまだ、何が真の意思なのかわかりませんでした。今やそれが見つからないまま、残されたわずかな記憶までなくなってしまう危険が出てきたのです。もしそんなことになれば、ぼうやはもう自分の世界に帰れなくなるのです。そのとき、ぼうやは、やっと変わる家にたどりつきました。そして、真の意思が何なのか、それがわかるまでそこにいることになりました。というのは、この変わる家というのは、家そのものが変わるだけではなくて、家がその中に住む人を変えるから、そういう名前がついているのです。それは、ぼうやにはとても大切なことでした。ぼうやはそれまで、自分とはちがう、別のものになりたいといつも思ってきましたが、自分を変えようとは思わなかったからです。」

 

ミヒャエル・エンデ著 上田真而子佐藤真理子訳 『はてしない物語』 岩波書店 pp530~531

 

 先日いぶりぃさん(@iwri)のご厚意でエンデ読書会に参加させていただきました。その際にたくさんお話を聞かせていただけたのですが、ここでは私の関心事であった、エンデの作中で私たちが感じることができるにも関わらず実生活に生かしきれないなにか、そしてその何かが私たちを変えられる力であるということについて書かせていただきたいと思います。

 

エンデ (中略)

 ところがぼくのいう文化は、むしろね、タイフスタイル、価値観、—こういってよければ―生活態度の共通性のことだ。この共通性は、時代とか社会がもっているもので、この共通性において時代や社会が自分を再発見し、自分を表現したりもする。さて、こういう意味で文化を考えてみると、いまやぼくたちは世界史全体のなかでほんとうの跳躍点に立っていると思えるわけだが、ともかく文化は、マテリアリズム的な世界観のなかからは生まれてこない。ぼくたちの思考は―とりわけそれは自然科学的な思考でもあるわけだが―すべて、19世紀のマテリアリズムに染まっている。いま武器としてもちいている概念はみんな、ほんとうにあいかわらずマテリアリズム的色彩の濃いものだ。それは思考のかたちまで染めあげている。

 たとえば、純粋に因果関係の理論にしばられた思考が正当であるのは、いくらか決められた領域においてだ。物理学、それに化学だ。ところが人間というものを因果論的産物、因果関係にしばられた存在としか見ないとすれば、価値といったものがいっさい考えられなくなってしまう。文化とか、ライフ・クオリティについてのおしゃべりなんか、みんなむなしいきまり文句の行列になってしまう。

エプラー もしも、ハンネ・テヒルのいったことを真剣に考えるとすれば、新しい道がどこへ通じているかが精確にわからないにしても、若者は新しい道を歩きつづけようとしている、ということになるだろう。そのことをぼくは、「踏みかためられて自然にできた小道」(エアハルト・エプラー『危険から脱出する道』〔1981年、ラインベーク〕に出てくる概念)という言葉でいったことがある。カタストロフが待ちかまえているのはどの方角であり、どの道なのか、ははっきりしている。だから道のない別な方向に歩きつづけると、踏みかためられて自然に小道ができる。そのときズボンが破れたり、指から血をだしたりするわけだけどね。こういう手探りの時期をへてはじめて、新しい文化が生まれる。

エンデ 現在も進行中だけど、ここ4,5年のあいだにはっきりしてきたこと。それはね、一般に考えられているよりはるかに深いところで進行している意識の変化なんだ。ぼくたちは、あるひとつの発達において、とうとう終点にきてしまったんじゃないか、というのが実感だね。とくにね、概念をもちいた抽象的思考にかんしてだが。現在ではまだ過激な発言ときこえるかもしれないけど、どうやらぼくの感じでは、ある種の思考、つまり、16世紀頃、ジョルダーノ・ブルーノやガリレオ・ガリレイニュートンなどとともにはじまった思考形態が、死んでしまったようなんだ。その種の思考は、単一の世界を引きさいて、客観的現実と主観的内面とにわけた。まるで、人間の意思なんかなくなったって事実の世界は存在するかのようにね。当時、「あたかも人間の意識などまったく存在しないかのように、やってみよう。そして、事物が『それ自体として』どうあるのかを調べよう」といわれたものだ。ところがその場合、見おとされていたことがある。「あたかも……かのように」式の発言には、すくなくともある種の人間の意識が必要なんだ。つまりね、人間の意識というものを排除して考えるなにかが必要だからね。リアリティというのはそれとはまるでちがう。ぼくたちの知っている唯一のリアリティというのは、人間をふくめたリアリティだ。16世紀はじめには、世界を客観と主観に二分するのは、なにか特定の研究をすすめるための、まったくのフィクションだということが、まだみんなの意識にのこっていた。ところが、時代がすすむにつれて、この二元論はフィクションにもとづいているという点が、すっかり忘れられてしまったようだ。今日ではほとんどの人が、客観的な世界と主観的な世界があるということを信じて疑わない。それどころか事態はもっと深刻で、「客観的」という言葉が「正しい」の同義語にされてしまっているんだ。新聞などでよくお目にかかる、なんとも結構な表現があるだろう。「それは客観的に正しい」というやつね。この表現が厳密にはなにを意味しているのか。これまでだれからも納得のいく説明をしてもらったことがない。逆にね、「主観的」というレッテルは、「錯覚」の同義語になってしまっている。というわけで、ぼくたちの思考は袋小路にはいりこんでいて、認識の発達などいっさい望めない状況だ。はなはだしくまちがった現実概念!このあやまった概念を克服できる方法は、ぼくの考えでは、ひとつしかない。つまり、二元論を捨てて、フィクションをフィクションとして再確認する。それから、人間の意識と世界とがわかちがたくひとつに結びついており、両者が一枚のコインの表裏でしかない、ということを理解する。それしか方法はないんだ。どんな認識だって、認識する意識というものを前提としている。いいかえれば主観が前提にある。そのことがわかれば、マテリアリストになんかなれないね。

エプラー それは反デカルトということだ。デカルトは「考えるもの(レス・コギタンス)」と「延長するもの(レス・エクステンサエ)」とにわけた。人間は「考えるもの」だが、動物は「延長するもの」であって、石ころとか金属とまったくおなじというわけだ。そういうふうに区別すると、もちろん、自然という概念がからっぽになる。今日、そういう区分が使いものにならないとわかれば、またひとつ別のことが指摘できるわけだ。現在ぼくらが直面している思考の激変は、いちばん手っとりばやいところでは、ルネサンスの思考の激変とくらべることができる。

エンデ そう、ぼくはときおりこんなふうに自問することがある。ソクラテスとともにはじまったヨーロッパの思考、いいかえれば、対話にもとづいた弁証法的な思考といったものが、いまや今世紀において終わろうとしているんじゃないか。と同時に、16世紀が経験したよりもはるかに鋭い変化が、はじまっているんじゃないか、とね。

 論証する思考というのは、じっさいソクラテスからはじまったわけで、ソクラテス以前の人たちはまだ知らなかった。彼らにとって重要なのは「すぐれたもの」つまり質のほうだった。ヘラクレイトスの思考は、今日の論理的な概念思考といったものよりは、アジア的思考、禅の思考にはるかに近いといえる。そもそもソクラテスの弟子たちの時代になってはじめて、論理的な論証で真理を手にいれることができ、手にいれたその真理をもちいて、なにか確かなもの、「客観的」なものをつかまえることができると考えられるようになった。こういう思想をへて、16世紀になって、すべてを量でとらえようとする思考が登場する。数えられるもの、計測、計量できるものだけが、正しいとされ、最後には、質にかんする現実までもがすっかり否定されてしまった。なにしろ質というものは、量的な思考ではとらえきれないからね。美というものは、たしかに測ることはできないが、にもかかわらず存在はしている。しかし美の知覚は、知覚する人と切りはなすことができない。とすると外もなければ内もないということになる。

 

M・エンデ E・エプラー H・テヒル 丘沢静也訳 『オリーブの森で語りあう』 岩波書店 pp36~pp40

 

 長い引用になってしまいましたが、ここでエンデは二元論的な存在論について否定的な意見を並べています。これはエンデが一貫して説いている言葉で、人間は自分から離れた自分にはなれないこと、つまり、自己が意識から離れて客観的な論理によって成り立つことなどあってはならない危険な行為であるという警鐘を鳴らし続けます。人が生きるということ、つまり存在を維持するということは、現実世界という自分でしか確かめられない何かを引き受けることであり、その際に必要なのは、自分の中にある世界と外の世界とを統合あるいは分割して考えられる力であって、決して現実的に測量できる何かと比較することではない。さらにそのような行為に至るには、ある種の抽象的な思考による(人間形成の)場が現実に作用する重要性を見落としてはならないというエンデの思想があります。このことは、人が自分で考えるというのはどういう事だろうという問いを私たちに突き付けます。

 

同じように教育論についても、子どもたちに対して正しいことを客観化して教え込むことに対して批判的に書いています。

 

 なにを学びとるにしても、子どもはあくまでも共感するから学びとる。学ぶ内容自体への共感か、それを教える者への共感である。どの子どもも、魂がまだ健全ならば、愛することも、感心することも、なにかを美しいと思うことも、大喜びすることもできる。端的に言えば、子どもは生きることの価値と、生きることの尺度をさがしているのだ。そして、教育者の課題はとどのつまり、この受け入れる姿勢を目覚めさせ、それを正しい道へと向けることにほかならない。ここで、重要な点に達したようだ。

 このことは、批判教育を提唱する誰もが避けている。おそらく、自分自身が愛せないことや、基準のなさを、程度の差はあれ、はっきりと感じていることが、その原因ではないか。なぜなら、純粋な主知主義は生きる価値も基準も生み出すことはできないからだ。だから、子どもたちに提供することでも、自分の人格をかけて責任を持つことができない。

 人は“正しいこと”を客観化したくてしかたがない。いわば個人ではなく、純粋な事実だけを、科学的に、価値観にとらわれずに伝えたいのだ。こうして致命的な矛盾におちいる。価値観にとらわれない生きる価値などないからだ。そこで、逆の道を試すことになる。子どもたちの目を”正しくないこと“へ向け、それに対して”批判的“であるように仕向けるわけである。だが、実際には自分の立場をしめせないから、真の否定をも与えられない。そのため、判断することを自分で学びなさいという言葉とともに、問題は結局、全部あっさりと教育の犠牲者、つまり子どもに押し付けられるのである。しかし、その判断する基準となるものは子どもに与えられない。その結果、そこから出てくるのは「子どもって、損だな」という、不平っぽい、ふくれっ面で、不機嫌な、あの、よくあるパターンだけなのである。

ミヒャエル・エンデ著 田村都志夫訳 『エンデのメモ箱』 岩波書店 pp155~156

 

 こちらの文章でエンデは主知主義批判と共感の重要性を説いています。主知主義については前述の引用文章からエンデの言いたいことが詳しくお分かりいただけると思います。そして、共感するということは、もちろん相手の気持ちになって考えることができるという事ですが、エンデの考えによれば、それはAだからBという思考の垣根を越えて相手のことを思うことができるということへの道筋なのです。そしてエンデはその到達点のことを愛と呼びました。

 

Nさんへ

 お手紙に示されたご信頼に、お礼申し上げます。ご質問にお答えするのは、たやすいことではありません。まずひとつ書いておきたいことがあります。それは、愛することができない、とあなたが思われる事実が、実はすでに、あなたのなかに愛する強い能力がひそんでいる、いちばんの証拠なのだということです。この能力をいかにしてめざめさせるかという問題は、簡単なレシピでお答えするわけにはいかないでしょう。「隣人を愛せよ」とか「人びとを愛せよ」と、説きつづけてやまない人たちは、わたしには、まるでストーブに対して薪や石炭を入れずに、「あたたかくなれ、あたたかくなれ」と呼びかけているように思えるのです。このたとえでわたしが言いたいのは、人のなかに、その人を愛したいと思うものを見ず、はっきりととらえることができなくては、言うまでもなく、ひとりの具体的な人間を愛することはできないということです。

 それには、たしかに少なからぬ努力がいります。もっぱら優越感にひたり、冷たいふりをする人間の仮面のうしろに、とほうにくれたさまや傷つきやすさを見るには、創造的な努力が必要なことだってあります。

 わたしたちの目に入るのは、まずは、人の悪い面であって、ほんとうの愛すべきものを見るためには、それを見ようとしなければなりません。このことはもちろん、その瞬間には自我を忘れなければならないことを意味します。

 宗教的な観念について、Nさんがどのようにお考えか、わたしは知りません(また、お手紙からもわかりません)。なぜそれをたずねるかと言いますと、「永遠という観点のもとで」人を見ないかぎりは、人のなかになにか愛すべきものを見つけられるとは、とても思えないからです。今日の自然科学が人間について言えることだけが、事実人間なのだとする人には、私見では、愛は不可能です。まったくとおりいっぺんの敬意でさえ不可能だと思うのです。

 人間の魂が、ほんとうに「脳と神経系における電気化学的プロセスの総和」にすぎないのでしたら、この「電気化学的プロセスの総和」のささいなちがいに注意をはらう理由はありません。

 しかし、この見方は、本とは実は紙と印刷インクでできた大量の複雑なしみにすぎないと主張するのと五十歩百歩のりこうさです。わたしにできる助言は、適切な読書か、あなた自身の思考を通して、あなたがあなた自身の心とあなた自身の魂のために必要とするものを、あなたのなかに知覚できるようにしてくれるような人間像をさがすようにおすすめすることです。

 

ミヒャエル・エンデ著 ロマンホッケ編 田村都志夫訳 『誰もいない庭』 pp384~386 岩波現代文庫

 この手紙には、愛することができないと感じている人こそ愛する力が隠されていて、愛するためには、自我を忘れて愛したい誰かのことをみようとしなければならないこと、そのためには永遠という観点が必要であると書かれています。そして永遠の観点を得るために必要なのは、自分自身の思考を通して心と体に必要な人間像を自身の中に知覚することだと言っています。

 

 エンデは『はてしない物語』の中で、まずアトレーユという〈心と体に必要な人間像〉をバスチアンに示します。エンデは「人は誰でも自分の探すものに変身する」(エンデのメモ箱p51)と言っていて、私はアトレーユはバスチアンの捜し求める自分自身の姿であると思っています(このことについては『「はてしない物語」辞典』においてホッケも言及しています)。上述の「Nさんへ」にある〈あなたのなかに知覚できるようにしてくれるような人間像〉です。作中バスチアンはアトレーユから様々な愛を受け取りますが、それを理解するためにはアトレーユと共に様々な試練を受け、彼を信頼し、友情を築き、いとしく思い、裏切り、傷つけなければなりませんでした。

 そして彼と別れ一人きりで愛を得るための経験を積み、やっとの思いで愛する人を思い出します。作中で、バスチアンが最後に父親に命の水を持ち帰りたいと願った気持ちは、相手が父親だからとか、自分の保護者だからという理由からではなく、彼を愛する気持ちを自分のなかに感じ、そして愛したいと欲した時に生まれました。〈愛したい〉というそのことこそが、バスチアンがファンタージエンを訪れた本当の理由であり、変わる家はバスチアンにそのことを気づかせて枯れていったのです。空想の世界と現実の世界の関係をエンデはそのように捉えていました。空想世界での経験は現実世界に生きる糧になるものです。しかし、空想世界を形作るものもまた、現実世界の持ち物でしかないのです。(この相互性の重なりについては次回詳しく書かせていただきます。)

 

 同時にエンデは、抽象的な思考と現実は別なものであり、そのことに本人が気付かない限り人は成長しないという事も説いています。現実の記憶を失い、抽象的な世界から出られなくなったファンタージエンの元王たちの行く末は惨憺たるものでした。

したがって、最後はいよいよ現実に戻らなくてはならないのですが、バスチアンはその前に自分の名も失った状態になってしまっていました。自らが現実世界のものをなにもかも失った状態では命の泉のある現実世界への門は開きません。さて、バスチアンはどのように現実に戻れたのでしょうか。この辺りが映画とはだいぶ違っています。ぜひ『はてしない物語』は本を読んでエンデの愛を感じとっていただきたいと思います。

 

〈参考〉

 二元論による存在論に異議を唱え、超えていこうという試みはいろいろなところでなされています。ここではモルによるそれを参考として載せさせていただきます。

 

 客体を様々な視点の焦点として理解することから、様々な実践において客体がどのように実行されているのかを追うことへの移行は、科学がいかに表象するかという問いから、科学がいかに介入するかという問いへの移行を示唆している。過去数十年にわたり、多くの哲学者が、知識を得るための近代における有力な方法としての、介入の重要性を強調してきた。認識論は、とうの昔に、思考のための妥協性を失っている。しかし、干渉が重視されたとしても、干渉することは論点ではなかった。客体と関連づけることについての重要な問題は、客体を知るようになるということだった。本書は、脱身体化された思考から離れて、さらなる一歩を進んでいる近年の研究潮流の一部である。これは、客体を見ようとするまなざしを追うことを止めて、代わりに客体が実践のなかでまさに実行されているさまを追うことを意味する。つまり、強調点が移行している。観察者の目の代わりに、実践者の手が、理論化の焦点になるのだ。

 したがって、本書は、知識を主に指示的なものとして扱うことを止めた哲学的な移行に貢献するものである。知識はもはや、実在についての言表ではなく、他の実践に干渉する一つの実践だとされる。こうして、知識は実在に参与する。これに続いて、様々な別の移行が生じる。その一つは、諸科学の間の関係の性質を再考しなければならないということである。19世紀以降、(物理学、化学、生物学、心理学、社会学といった)科学の様々な部門は、(それより前に考えられていたように)主に方法によってではなく、研究対象によって異なると理解されるようになった。そして研究の対象は、本質的に所与であるとされた。それらは実在において筋の通った形でつながっており、存在論は、この一貫性を明らかにする哲学の一部門であった。そのために、しばしばピラミッドのイメージが使われた。それぞれの対象の領域は、小さくて比較的単純なものから、もっとも大きくて複雑なものへと序列化された対象のピラミッドのなかの一層のようなものだとされた。そして、それぞれの科学には、そうした層の一つに位置づけられている存在を研究するという課題があった。こうして、ピラミッドの底では最小の粒子とその力場が物理学の対象領域を形成し、頂点における人間集団間の複雑な社会関係は社会学によって研究されるものだとされた。この存在論的一元論に付随した夢の一つは、結局のところ、最小の粒子の振る舞いについての完全な知識が、他のすべてのことを説明するというものだった。物理学が化学の法則を説明し、化学が生体に起こることを予測し、生物学が心理学的な気質と社会関係を説明することができるというわけだ。誰もがこの見取り図に同意したわけではなかった。二〇世紀を通して、この存在論的ピラミッドにおける敷居の存在を確立するために、少なからぬ努力が捧げられた。無機物と有機体との間の敷居。有機体は無機物とちがって病気になったり死んだりすることができる。さらには、性差、肌の色、疾病についての生物的事実と、そこから生じるのではない、社会的な出来事の間の敷居。したがって、後者は特別な、社会学的な用語、ジェンダー、文化、病い、を用いて説明されなければならない。

 

アネマリー・モル 浜田明範・田口陽子訳 『多としての身体 医療実践における存在論』 水声社 pp214~216

 モルは本書によって(動脈硬化症患者の)実在の多重性について、実践誌的アプローチを使用して説明する試みをします。とても興味深い試みで、私はまるでドキュメンタリーを見ているような印象をうけましたが、ここではモルが実在論的一元論について説明する部分を引用しました。

 この引用で実存への科学の介入が変化していることは理解できますが、実存が科学に対して変化している様は伺えません。そのことについて、エンデの文章を読み解くことは、おそらく私たちの未来に大きく貢献してくれるだろうという事を付け加えておきたいと思います。

 

 次回はエンデの芸術論と遊びについて書かせていただく予定です。

 ブログ掲載にあったて、いぶりぃさんに多くのことをご教授頂きました。引き続きご協力をお願いする予定です。更にエンデの詳しいことをお知りになりたい方はこちらのブログをどうぞ。http://d.hatena.ne.jp/iwri/

 こちらとは別世界の奥行きの深い世界が展開されています。

『翻訳と日本の近代』 未来の思考の足掛かりとして

 前の記事の最後に丸山眞男加藤周一著『翻訳と日本の近代』を足掛かりに翻訳について書いていきますと書いたのはいいものの、この本は実は非常に考えさせる箇所が多くて、どこを引用したらよいかもテーマによってだいぶ変わってきてしまうように思えるので、今回は簡単だと思っていた自分を今は殴り飛ばしたい気分でいっぱいです。

 

 私が学生の頃はこの本は大学一年生の教科書として使用されたりしたのですが、今はどうなのでしょうか。とにかく、近代に莫大な数翻訳された様々な著作は、現代日本の根幹として今も生きているし、その時どういう意図をもって翻訳されたかを考え直すことで、今私たちが置かれている状況について改めて考え直すことのできる良書だということは間違いありません。明治・大正期に〈哲学〉だとか〈教育〉だとか〈宗教〉という語がどんどん造語として作られ、あるいは漢文からの転用で西洋的な語や現代的な語としての変換をきたしながら、現代の用語として機能しているみたいな勉強をこれからしていく人たちにとって、この本を全部読んでみようと挑戦することはとても意味があることです。

 

 さて、前置きはこのくらいにしておいて、今回私はこの本をまずは近代の翻訳と日本での受容の姿勢について考え、次にそれを将来に生かすために私たちがどう考えたらいいだろうというスタンスで読んでいきたいと思います。古来中国から輸入された著作の翻訳も、実は各派によって翻訳の仕方が検討され議論されていたことなども大変興味深く面白く読めるのですが、その部分は省かせていただきます。

 

 

丸山 さて、さっきの矢野文雄の『訳書読法』にまた返るけども、あのなかで本の分類が非常に大事だといっていて、東洋の分類は粗(疎)であるというんだ。西洋の図書館の分類のように、もっと密でなければいけない。それでいろいろ図書を分類しているんですが、粗(疎)である証拠として、おもしろいことに、「仁・義・礼・智・信」があげられているのですよ。「仁・義・礼・智・信」というが、「仁・義・礼・信」は人間交際の関係であり、ルールだ。ところが、「智」というのは、物事を処理するために必要なんで、性質が違うという。それをいっしょにしてしまうのは、東洋の分類がいかに粗雑であるかという例である、といっている。

加藤 これはどの程度に普遍的かしらね。翻訳の影響という問題もあるし、翻訳の問題に固有な論点に関わってくるのですが、論点の一つは、まさにそういうことなのです。

 一つは原因論的な関係ね。因果律、たとえば、翻訳の文章では、「何故に」「何故ならば」とかいうのが増えてきていると思うのです。だいたい日本では、少なくとも明治前の文章では、そうやたらにbecauseにあたるものが出てこない。ところが、ヨーロッパ語ではのべつまくなしに出てくる。そこをどう訳したか。

 二つ目は、いまの「分類」だと思うのです、どういう分類をするのか。日本では、歌を分類しても詩を分類しても、大昔から、並列された分類の項目の内容が重なっていた。つまり❝mutually exclusive❞ではない。そういう分類の仕方は西洋人の嫌いなことで、アリストテレス以来の分類からみるとおかしい。中国でもそうだと思うのですが、日本の分類法は重なりを避けない。だから、「仁・義・礼・智・信」のうち「智」だけが性質がちがうじゃないか、という指摘はとてもおもしろいのです。そういう、厳密な分類の原則に反するものがどういうふうに処理されているか、という問題があります。

 三番目は、ジェネラリゼーションです。あるいは数のあらわし方。「すべての」と「若干の」「ひとつの」「任意のひとつの」ということについて、英語ではかなりの程度まで、冠詞を使って表し、それからallとかsomeとかいう言葉でも表すでしょう。それは日本語ではふつう言わない。「江戸時代の幾人かの侍が……」とか、「すべての侍は……」とは言わない。ただ「侍は……」と言う。冠詞がないのですから、わからないですね。これを、訳でどういうふうにしているか、というのはとてもおもしろいことだと思うのです。

丸山 いや、訳だけではなくて……。自分のことを言ってはおかしいけれど、大学紛争のときに、全共闘の学生が「学生は……」というから、「あんたの言う学生とは、誰のことですか」と聞いた。安田城に籠もっている人たちなのか、別の学部に籠もっている反対派なのか、それとも参加していないノンポリなのか、と。ちょっと意地の悪い挑発だけどさ、一般的にはそういうことですよ。

 それがさっきの「すべての」にも関係するんです。「日本国民の総意」という日本国憲法第一条の政府原案にも関係する。この言葉で、日本人民が自由に表明した意思が象徴天皇制の根源だ、という「原文」の趣旨を表したのは非常な狡知です。悪い意味で意識的操作だけどね。非常に強い言葉でしょう。なぜなら、ふつう言わないから。満場一致で賛成するというときだけ「総意により」とはいいますが、ぼくは「総意」を入れたのは「一億一心」思想の連続であって、新憲法の原則からすればインチキだと思うんだ。ただ❝the sovereign will of the people❞に天皇の象徴的地位は基づいているとあるのを、「主権の存する日本国民の総意に基づく」と訳したのは、意識的に日本語の盲点を突いたと思うのです。もし、読者が敏感なら、なんで「総意」というのかと突き返すと思うのです。そのところをあまり突かなかったのね、「一人か」「大勢か」「すべてか」という……

  中略

丸山 石田雄君が論文を書いています。中村正直の『自由之理』をJ・S・ミルのOn Liberty の原文とくらべた。「J・S・ミル『自由論』と中村敬宇および厳復」というタイトルで、その後「日本近代思想史における法と政治」に入ったけれども。そこにぼくの記憶ではたしか、「人民の総体」とあるのは、もとは「総体」という言葉がなく、訳で「総体」とくっつけたとか、「人民」と書いて、「人民」すなわち「政府」のことなり、とある例だとか、つまり「人民」と「政府」との混同など、いろいろなことを指摘しています。……

  中略

丸山 複数と単数の区別がない、ということで思い出したのは民権のことです。「自由民権運動」は日本ではふつうの言葉だけれども、西洋人は訳すのに苦労する。いまでは、freedom and people’s rights movementという訳語が定着してしまったけれども、最初は非常におかしく感じるらしい。つまり、people’s rightsというのはないんだね。rightはあくまで個人の権利で、民権という意味にはならない。

 そこに気がついたのは、またしても福沢なのです。民権とはいうけれど、人権と参政権とを混同している、と福沢はいうんだ。人権は個人の権利であって人民の権利ではない、だから国家権力が人権つまり個人の権利を侵してはいけない、人民が参政権を持つべきだということを民権というとき、そこには個人と一般人民の区別がない、と福沢は言った。その感覚はすごいね。集合概念としての人民の権利と、個々人のindividualな権利。

 翻訳の問題で困るのは、フランス民法を訳したとき、箕作麟祥だったかな、droit civil を民権と訳した。しかしそれは、財産権とかの民法上の私権のことなのです。自由民権論とは違う。同じdroit civil が、一方では、厳密な意味での人権と訳され、他方では、一般に通用するというのですべて民権にしてしまう。それも複数と単数の区別が日本語にないから。

加藤 人権というのは定着しないのでしょうね。

丸山 福沢は、民権論で国権論と妥協したというので、左翼から評判が悪いんだ。人民の権利については彼はややプラグマティックで、けっしてラディカルじゃないけれども、人権については晩年まで言い続けたのです、その言葉を使って。明治維新の初めから、こうした区別をしていた例は非常にすくない。

 むしろ、有名な明治十年代の「よしやシビルはまだ不自由でも、ポリチカルさえ自由なら」という流行り歌などは居直っている。civil rightはどうでもいい、politicalとは参政権のことですよ。こうなると、翼賛まで一歩なんだな。

加藤 民権は、参政権というものに束になってかかるというか、そんな感じでしょう。これは平等は排除しないんじゃないかな。

丸山 もちろん。しかし自由と民権をつなげるときには問題があるんです。ぼくらの学生時代には、消極的自由、つまり「からの自由」と、積極的自由、すなわち「への自由」とがあった。ヨーロッパでは社会保障などで「からの自由」が強かったから、だんだん「への自由」が強調されてきた。そしてワイマール憲法ができると、「財産権は義務をともなう」という有名な条文があったわけです。あれがフランス革命以来の私有財産絶対に対して、明白に保留をつけた最初の憲法の条文なのです。それがナチの共同体思想の主張と合った。……

  中略

加藤 ヨーロッパ政治思想においては、人権があるのだからだれでも自由で平等である、とつながっているのだけれど、日本では切れたんだね。人権のほうが自由につながって、民権のほうが平等につながったと。いわば自由から切り離された平等と、人権から切り離された民権ができたわけですね。しかし一種の平等主義は前からあった。

丸山 一君万民というね。主君だけは別だけれど、あとは万民平等なんだ、貴族であろうと平民であろうと。中国の古典でいうと普天率土、あれが平等なのです。「普天の下、王土に非ざる莫く、率土の浜、王臣に非ざる莫し」(『詩経』)。あれは一君万民です。翼賛会時代には天皇と人民の間に介在して妨げるものを幕府的存在というのが流行ったけど、天皇さえ除けば平等思想は非常にあった。

加藤 現在の憲法で人権と平等を強調していても、定着の度合いの強いのは平等で、伝統からいってもそうなんですね。アメリカが押し付けたのでなくても人権のほうははじめからないから(笑)。翼賛会運動の民主主義な装いといえば、ナチはまさにそうです。個人的自由はゼロに等しい。自由主義と民主主義のコンフリクトを劇的に示した。

 

丸山眞男加藤周一 『翻訳と日本の近代』岩波新書 pp84~93

 

 また、非常に長い引用になってしまいましたが、一番初めの加藤の示した3つの論点のうちの2番目と3番目、東洋人の分類の重なりに対する問題と日本人にとっての数的感覚と翻訳の問題について書かれた部分です。

 

 

 3番目の日本人にとっての数的感覚と翻訳の問題についてこれを読むと、私たちが普段なにげなく使用している数的表現が、いかに私たちの根源から表象したものであり、その感覚がどのように私たちに影響しているかよくわかります。この部分を現在の私たちに当てることは全くやぶさかではなくて、個人の権利としての自由を受け入れていない、いや受け入れることにどことなく後ろめたさを感じて、何か(誰か)に不自由にされることに対する違和感が薄くなっている感覚を自らが持っている不思議に合致して驚きます。

 そのうえ、平等に対する考えも一致してしまう。私たちはあらゆる人が平等であるにもかかわらず、自分が受ける不平等さに関して、それは仕方のないことだと思ったり、平等であるはずなのに理不尽だと思うことはあっても、これを権利がはく奪されていると思ったりはしない。そのことが及ぼす自らへの影響について、考えが及ばないところがあります。過労死の問題やヘイトの問題など、様々な場面に照らして考えてみると、平等とは個々の権利だという事への関心の低さが及ぼしている問題ではないかと思えます。このことだけが問題であるかと言えば、そうではないですが、ひとつ私たちに突き付けられている問題であると言えると思います。

 

 2番目の問題は、この前の部分にも詳しく書かれているのですが、日本人としてよりも東洋人としてあること、日本の大陸(中国)からの影響について書かれています。当たり前といえば当たり前で、西洋からの知識が入ってくる前は大陸から輸入した知識を基に儒学や歴史が学ばれた。そのことが私たちに与えた影響は計り知れなくて、あいまいさは日本人の専売特許のように言われていますが、東洋的だと指摘されればなるほどと思います。

 ただ、後の部分で西洋の思想が入り込んできたときの中国の対応と日本の対応の違いが書かれた箇所があります。

 

丸山 ぼくはむしろ、日本には世界観がなかったと思う。中国と対比するとわかります。中国の厳復以降の進化論の影響は、決定的かつ革命的です。ハックスレーの『進化と倫理』Evolution and Ethicsを『天演論』と訳したでしょう。天が動くというのは驚くべきことなのです。中国の天の信仰といったら、昔からすごいからね。神様と同じで、永遠不動であって絶対の実存でしょう。それが動く以上、万物のすべては相対的である。厳復自身は易で説明しているのですが、朱子学以降は「太極」とか、「理」とかの究極実在―アリストテレスの純粋形相みたいなやつが「理」ですね―、万物の基で、動くものの背景に絶対不動の動かないものを置く。だから、「すべてが動くのだ」という厳復の紹介は、中国の知識人にとって、何千年の中国古典哲学を揺るがす事件なのです。日本は、日本儒教自身が「理」の契機が弱くて「気」の哲学になるし、万物流転のほうの考えも昔からあるので、永遠の実在にそうこだわらない。

加藤 そうそう、口だけね。

丸山 日本では、自然科学は何かのイデオロギーの補強の役割を演じた。実際、進化論は社会有機体説と結びついて、国体論の基礎づけになる。明治社会主義者も進化論だけれども、伝統的な考え方を革命するインパクトはなかったのではないか。

 ぼくは昔、「福沢に於ける「実学」の転回」という論文で書いたのですが、福沢は数学的物理学、つまりニュートンの力学体系を絶対に東洋になくて西洋にあるものとみて、これを西洋の学問の基礎にすえた。彼は「数理学」と言っています。いわゆる「実学」というのは江戸時代はたくさんあった。しかし、抽象的な数学的物理学の上に立った「実学」ではなく、日常生活の役に立つという意味での「実学」を出なかった。もっとも抽象的な「理」の上にヨーロッパ文明は築かれている、そういう実学概念を彼は最後まで展開している。だから幕末でいえば、いわゆる「物理」と「道理」の区別を重視した。伝統学問にはない社会や人間関係の客観的探究という考え方は数学的物理学からきているけど、ちっとも根づいていない。やっぱり道理の優越、修身の優越です。彼があんなに儒教を嫌がったのはそこなのですね。

加藤 存在の法則と道理とを混同したわけだ。

丸山 そう、東洋哲学は全部そう。「道」という言葉が全部そうだしね。「道」には両方混ざっている。「行くべき道」という「当為」と、客観的「法則」という意味と、両方ありますから。だから、福沢がさかんに「実学」を説いているといっても、抽象的思考の重要性もつねに説いているということです。

加藤 抽象的思考の役割を、福沢はどこで強調しているのですか。

丸山 初期から最後の『福翁百話』まで、日用から離れた「空理空論」の意味も強調している点は一貫して変わらないですね。それと卑俗な実用主義との区別です。ともかく、17世紀以来の自然科学の方法が西洋文明の秘密だということを見抜いた。

加藤 大変な明察ですね。

丸山 だけど、一般にはさっき言ったとおり、むしろ進化論についていうならば、少なくとも知識人に限っても、世界観的に思想の革命を起こしたのは中国だと思うな。

 

 同上 pp156~159

 

 これはあくまでも哲学的なインパクトの問題で、この後の物理学での日本人の活躍などを見ても学問への影響という点においては当てはまらない部分も多いと思いますが、湯川秀樹と梅棹忠雄の『人間にとって科学とは何か』などを読んでみると、日本人として科学的思考に入り込む楽さと難しさが書かれていて、比較すると面白いと思います。(機会があれば後程また別の記事で比較の文章を載せたいと思います。)

  中国でどのような思想的変化が起こったかは歴史に聞けば明らかですが、厳復の『天演論』が一世を風靡したほどの変化を受け止める土壌があったこと、それからいろいろな状況によってそれを受け止めきれずに現れた現実に学ぶことは多いと思います。

 

 

 翻訳文化は必ずしも独創を排除しない。徳川時代の文化の独創性は、「読み下し漢文」に依るところ少い浄瑠璃俳諧ばかりでなく、漢文の概念を駆使しての、儒者の思想的な仕事にもある。日本の学者は必ずしも同時代の中国の学者の後を追ったのではなかった。明治以降の文化についても、少なくともある程度までは、同じことが言えるであろう。

 翻訳文化はまたその国の文化的自立を脅かすものではない。むしろ逆に文化的自立を強化する面を含む。翻訳は外国の概念や思想の単なる受容ではなく、幸いにして、また不幸にして、常に外来文化の自国の伝統による変容だからである。外来の思想は、必ずしも知識層と大衆との間の溝を、長期にわたって拡げるようには作用しない。そのことを明治初期の翻訳者たちは―少なくともその一部は―あきらかに意識していた。もし文化的創造や改革的な思想が、知識人と大衆との深い接触を通じて成り立つものとすれば、翻訳文化は創造力を刺戟しても抑えはしないはずである。

 しかし外国語から日本語への翻訳は、その外国が中国であっても、西洋諸国であっても、常に文化の「一方通行」の手段であった。異文化間の接触が「両面通行」であり得るためには、日本語から外国語への逆翻訳が同時に行われるか、複数の文化に共通の言語、lingua franca がなければならない。逆翻訳は、江戸時代においても、明治以降近代においても、きわめて稀な例外でしかなかった。lingua franca(または国際語)は、中世のヨーロッパには存在したが、十九世紀から二〇世紀の前半にかけての世界には存在しなかった。かくして文化的「一方通行」は、鎖国の日本ばかりでなく、近代日本をも特徴づけることになったのである。

 文化の「一方通行」は、国際社会における孤立を意味する。その孤立を破り、国際社会において自己を主張するために、近代日本が採った手段は、まず軍事力であり、軍事力による自己主張の失敗の後には、経済力であった。しかし円滑なコンミュニケイションを伴わない経済力による自己主張には限界があり、円滑なコンミュニケイションは、文化的孤立の条件のもとでは成り立たない。

 現在の状況は、もちろん明治初期のそれとは大いに異なる。今ここでその詳細に立ち入ることはできないが、その一つは国際語としての英語の圧倒的な力である。二つの地域語としての英語と日本語の関係と、国際語=英語と地域語=日本語との関係はちがう。今日の日本は、明治初期の日本が解こうとした問題―翻訳と文化的自立、翻訳文化の「一方通行」と国際コンミュニケイションの要請というような問題を、異なる条件のもとで説かざるをえない、ということになろう。

 明治の翻訳主義の検討は、今日の視点からこそ殊に大きな意味をもつだろうと思われる。

 

  同上 加藤周一によるあとがき pp187~188

 

 このあとがきの部分を読まれて思うところがない方はおそらくいないと思います。1998年に書かれたこの文章は、現在置かれている日本の状況を言い当て私たちをおののかせる力があります。

 私は先日、海外の日本研究の場がどんどんと縮小されている話題を読んだばかりです。それは、日本という国に魅力がなくなったというよりは、日本の文化が「一方通行」の域を出なかった結果ではないでしょうか。今はこの文章が書かれた当時よりもはるかに英語を理解できる人が増えたと言えるだろうし、SNSの発達などによりコミュニケーション手段も格段に進歩しているはずです。

 それでもなお、文化の「一方通行」が私たちをむしばむ気配がするのは、私たちが閉鎖的であっても大丈夫という意識をどこかで持ち続けていて、そのことに別段問題意識を感じていないからではないかという気がします。この閉鎖的というのは、文化を輸出することに懐疑的だというのではなくて、私たちの心情として「両面通行」を受け入れない何かがあるのだろうということです。

 しかし、このことが問題として表象しているのは日本だけではなくて、いまや世界に広がっていることに不安を隠せません。世界的な文化の「一方通行」を押しとどめる方法を早急に見つけ出すことが、日本にとっても世界にとってもとても重要なことに思えます。

 

 この文章の刊行に間に合わずに亡くなった丸山眞男氏や、一人で世に出すことになった加藤周一氏の思いと功績に感謝して、ここにこの文書を載せたことで少しでも二人の思いが誰かに通じるきっかけになれたらうれしいです。